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2007年12月12日

【荻上チキ氏インタビュー】ネットにおける「炎上」や「デマ」の構造を考える―『ウェブ炎上』の著者の視点

今年の流行語にも選ばれた「炎上」。毎日どこかのブログが炎上したという話を聞かない日はない。インターネットを使わない人も「ネット社会」に生きていくほかないのかもしれない我々の社会。今年10月にちくま新書から発行され、絶賛された『ウェブ炎上』(ちくま新書)の著者であり、今最も注目される新進気鋭の論客荻上チキさんに「炎上もある社会」を生きる知恵と「教養」についてうかがった。

 企業、政治家、芸能人、有名ブロガー……毎日どこかのブログやサイトが「炎上」したというニュースは後を絶たない。我々の生きるこの社会で、今日も誰かが標的になっているかもしれない。メディア論、流言飛語研究、テクスト論に取り組んでいる荻上チキさんに、あらためて「炎上もある社会」で生きることについておたずねした。

「炎上」現象に関心をもった理由とは

【コラム】【荻上チキ氏インタビュー】ネットにおける「炎上」や「デマ」の構造を考える―『ウェブ炎上』の著者の視点
『ウェブ炎上』
――荻上さんは、もともと「成城トランスカレッジ!」という人文系では有数のニュースサイトを運営されていたわけですが、本書を書かれるきっかけは何だったのでしょう?

荻上氏■
僕がブログを始めたのは2003年の10月。ちょうどこの翌年の春頃から「ブログ元年」と言われていましたね。当時大学4年生だった僕は、ネット上で学術系のサイトを探すのが好きで卒論を書き終えたらまとめ読みするためにとクリップしていたのですが、せっかくなのでブログで紹介しようと思うようになりました。もともとそういうニュースサイトを自分が欲していたので、きっと他にも喜ぶ人がいるだろうと。

 今でこそソーシャルブックマークというものがそれなりに普及したりと、コンテンツ横断的なことが簡単に出来るようになってきていますが、その頃はまだ同じような言説であってもあちこちに散発していて、今ほどつながってはいなかったと思います。そこで僕は自分のブログが、議論の共通のプラットフォームというか、知的言説のハブになれば良いと思っていました。最初のうちは割とニュースを淡々と紹介していて、議論などはあまり行っていなかったのですが、2004年春頃からカスケード現象を意識して検証記事を書いたり、議論を行っているサイトのハブとして機能させたりと、徐々にブログを自覚的に使おうと思うようになりました。

 昨年(2006年)は特に、ネットで流れているデマを検証するようなエントリーをブログで割と多く書いていたんですよ。それを読んでいた編集者の方から「なぜ、ウェブではデマが起こりやすいのか」をテーマに新書を書いてくれと言われました。それで、僕は「ウェブ上だからデマが起こりやすいのではないんです。僕たちは常にデマにまみれた社会に生きているんです」と申し上げました。

 よく、マスメディア対インターネットメディアと対比されますが、これはやや間違いだと思います。インターネットと過去のメディアを比較するのであれば、むしろ「口コミ」と比べる必要がある。口コミにおいて、隣の人にちょっといい格好をしようとする為に誇張、虚飾、ウソ、省略、脚色って日常茶飯事で我々が行ってきたことです。それが、インターネットによって目に見えてしまうことによって、あたかも急に「そういう社会」になってしまったかのように捉えられてしまう傾向があって、それは違うと思ったのですね。もともとデマだらけなんです(笑)。それが、ネットの性質によって見え方や広がり方が変わった部分があるということです。

 それで「僕が書くのであればインターネット上でデマが流行りやすいというのではなく、むしろ、なぜインターネットというメディアに対してはデマが争点化されてしまうのかという書き方になりますよ、それで良いですか?」と申し上げたところ、編集者の方が「是非それで書いて下さい」と。もともと大学院ではメディアや「新しい文化」をめぐるコミュニケーションについて調べていて、「なぜウェブは流言蜚語があふれているのか」という誤った問題設定がされていくなかで僕自身も苛立ちを感じていたということはありました。なので、このテーマは自身の関心と重なったわけでもあります。

――「なぜウェブは流言蜚語があふれているのか」という問題設定の仕方そのものが、問題だということですね?

荻上氏■
そうですね。そもそも今まで、新しいメディアが登場してきたときに、間違った問題設定のされ方って必ず生じてきましたよね。テレビでもラジオでもいいですけど、そういう問題設定のなかにはたくさんの勘違いも当然あったわけで、なぜそれを反省しないのかと不思議なんですね。年長の方はなぜ自分たちの若い頃の「大人の言説」を振り返ってみないのだろうか。たとえば「インターネットが子供の人格形成に悪影響の可能性」という人もいますが、テレビや活字印刷ですら登場時はその手の悲観論が語られており、しかもいまだにそれらがどう具体的に人格形成に影響を与えていたのかさえ明らかになっていないことを、どう考えるのでしょう。

 いじめが典型ですが、いま中高年世代の人たちが子供だったころにも結構残酷ないじめは存在していたはずですよね。にもかかわらず、それがネットを利用して行われているというだけで、昔の自分たちのことを忘れて「ひどい」と言う。たしかにネット独特のひどいケースもありますが、極端な例をもって話してもしょうがなくて、子供の世界にいじめがあること自体は今も昔も特別な話ではない。

――そういったネットの危険を喚起するような記事が増えてきた気がするのはなぜでしょう?

荻上氏■
それらの記事を載せているのは大体マスメディア中心ですけど、旧来のメディアを自明視しすぎる部分があること、それから自分たちが叩かれたからそう書いているというのもあるんじゃないかな。だって、朝日新聞とか毎日新聞とか、新聞社のネットに関する特集って、どう考えても恨み節じゃないですか(笑)。

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