• 2008/09/24 掲載

【連載】戦略フレームワークを理解する「イノベーションのジレンマⅡ」(3/3)

立教大学経営学部教授 国際経営論 林倬史氏 + 林研究室

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「顧客志向とイノベーション」の戦略的意味

 もし、H.フォードが、当時の主要輸送手段であった馬車の「主要顧客の要望」をそのまま忠実に反映した製品を開発し、製品化していたとすればどうなったであろうか。おそらく、より速い馬を数頭追加して、より速く、そして大勢が乗って旅をできるより快適な大型の馬車の開発に力を注いだかもしれない。彼が当初製品化した4輪自動車は、頻繁に故障し、ぬかるみでは立ち往生し、運転技術もより複雑で、安全性にも問題が大きく、したがって馬車のほうが、輸送手段としての性能は高かったと言えるように思われる。

 問題は、主要顧客の要望をそのまま製品開発に活かすのではなく、要望の潜在的意味と本質を理解し、それを製品開発に活かすことに他ならない。馬車の主要顧客の要望の本質である、「より速く、より遠くへ、より快適に、より安全に、より低コストに輸送するサービス」は、次第に、4輪自動車の量産化技術の開発過程で実現されていくことになる。

「新たな技術的特質」の戦略的意味

 図表2は、破壊的イノベーションの曲線(A-A’)を持つ新たな製品の技術的特質(β)が、より革新的な水準であるほど、その製品の当初の性能や機能(α)は犠牲にならざるを得ないことを表している。破壊的イノベーションの技術的ベースとなっている破壊的技術は、したがって、当初の性能を犠牲にした新たな技術的特質を有することになる。H.フォードのケースでいえば、当初の自動車は、新たな輸送手段としての機械体系として、技術的特質が斬新なものであった分だけ、性能的には、既存市場の製品としての馬車よりも劣っていたことになる。  



※クリックで拡大
図表2 破壊的イノベーションと技術的特質
出所:図表1をベースに作成


 しかしながら、上述のように、クリステンセンが主張してきた一連の著作から彼が指摘する論理を総合的に判断すると、たとえ、新製品・サービスに「新たな技術的特質」が無い場合でも、自社内・外の経営資源を再構成・再編成することによって新たな市場を創出した場合には「破壊的イノベーション」に含めるほうが適切であるように思われる。

結論

  以上の諸点をまとめてみよう。新たに製品・サービスが登場してきた場合、それら新規製品・サービスの今後の動向を見極める際には、当初の性能や機能の水準(α)によって判断すると、誤った判断に陥ってしまう危険性があること。あくまで判断の中心は、その製品の新たな技術的特質(β)、およびその戦略的意味に置かれるべきであり、そしてその戦略的意味を組織的に見抜く能力こそが重要となる。もし、それが戦略的に対処すべきであると判断したならば、既述の3つの組織デザインをベースに組織的に対処することが有効となる。

 このクリステンセンによる「イノベーションのジレンマ」の戦略論的重要性のひとつは、たとえ、優れた経営資源やコアコンピタンスを有している大企業や多国籍企業であっても、性能面では劣っていても新たな技術的特質を有する製品・サービスを無名なベンチャー企業や中小企業が市場に投入してきた際に、なぜ対応を誤りがちなのかを説明している点にある。

 逆に、この論点は、中小・零細規模の企業であっても、大企業や多国籍企業を窮地に追いやることもありうることを説明しうる点でダイナミック・ケイパビリティ論につながる論点を含んでいる。言い換えれば、内部経営資源説の論理を静態的に見てしまうと、優れた経営資源を豊富に有する大企業や先進国は永遠に「競争優位」をもって繁栄し、逆に保有しない中小企業や発展途上国は永遠に「競争劣位」となり、低賃金と貧困から抜け出すことはできないことになってしまう。

 歴史的事実としてこの論理は過ちである。むしろ、優れた経営資源を有し、永きに渡って成功し、繁栄した企業や国々ほど、そのベースとなっている自らの価値基準や業務プロセスや、さらには組織文化や国民文化によって、新たに登場してきた企業や国家の、「破壊的イノベーション」に対処出来なかったという歴史的事実とその逆転の論理こそ重要である。

 クリステンセンの論理は、勝者が勝者であり続けるためのイノベーション論であると同時に、逆転のイノベーション論の論理からも説明しうる点で示唆に富む。

 いわゆる静態的な内部資源説的アプローチから解釈しがちであった欧米流経営学者の観点からすれば、第二次大戦後の、それこそ内部資源に乏しかった日本企業がなにゆえ競争力を持つに至ったのかを理解することは困難であったに違いない。ちなみに、私が、1970年代初めにドイツに学生として1年強滞在していた当時、ヨーロッパは日本からの時計、カメラ、オートバイ等々の輸入によって苦境に立たされていた。

 そのとき、ドイツの院生諸君からしばしば言われていたことは、「日本企業の競争優位の源泉は、長時間労働と低賃金だろう!!」であった。そうした要素と同時に、日本企業による生産工程上の絶えざる工夫によって創り出されている「新たな技術的特質」は外からは長年にわたって見過ごされてきた。

 同じように、日本の経営学者やビジネスマンがそれと同じような思考構造で、内部資源説のみならず従来の経営戦略論を固定的、静態的発想で見てしまうと、内外の小規模の無名な企業はもちろん中国やインド企業の今後の発展可能性をも誤った観点から結論付けてしまう危険性を有している。そうした意味においても、C.クリステンセンによる「イノベーションのジレンマ」の戦略論的重要性は、今後とも、検討に値する。

参考文献:
C.K. Chritensen(1997) The Innovator’s Dilemma, Harvard Business School Press, Boston.玉田俊平太監修・伊豆原弓訳『イノベーションのジレンマ』翔泳社、2001年。
C.K. Chritensen(2003) The Innovator’s Solution, Harvard Business School Press, Boston.玉田俊平太監修・桜井裕子訳『イノベーションへの解』翔泳社、2003年。
C.K. Chritensen(1999), Innovation and the General Manager, Irwin McGraw-Hill.
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー編集部(2000)『不確実性の経営戦略』ダイヤモンド社
湯の上 隆(2006),「日本半導体産業復活への提言」『日経エレクトロニクス』10月9日号
林倬史・関智一・坂本義和編著・立教大学ビジネスデザイン研究科著(2006)、『経営戦略と競争優位』税務経理協会

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