• 2008/09/19 掲載

【市場志向型経営の構図 第1回】市場志向型経営とは何か

武蔵大学経済学部 准教授 黒岩健一郎氏

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「顧客第一主義」「顧客中心」「お客さま本位」。これらの言葉を経営理念に掲げている企業は多い。しかし、建前ではなく本当にそれを意識し具体的な行動にまで繋げている企業は、そう多くないだろう。顧客ニーズをきちんと把握し、経営の意思決定に反映させ、なおかつ着実に実行することは、思うほど簡単ではない。この連載では、市場情報の活用に関する「マーケティング・リテラシー」という概念を中心にして、市場志向型経営の諸側面について議論する。第1回は、市場志向型経営とは何かについて考察していこう。
理念としての市場志向

 「あなたの会社は、市場志向ですか。」この質問に対し、多くのビジネスマンが「イエス」と答えるだろう。当たり前のことを聞くなと、怒る人もいるかもしれない。三波春夫の「お客様は神様です。」というフレーズが示すように、日本では古くから顧客本位の精神が強調されてきた。

 事実、多くの企業の経営理念には、「顧客第一主義」「顧客中心」「お客さま本位」「消費者起点」といった言葉が並ぶ。たとえば、イオンの基本理念は、『イオンは「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する」という不変の理念を堅持し、その具現化のための行動指針である「イオン宣言」を胸に、「お客さま第一」を実践してまいります。』となっている。アサヒビールグループの経営理念は、「アサヒビールグループは、最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します」である。このように、市場志向は、企業経営にあたって当然のことと受け止められている。

 質問を変えよう。「あなたの会社では、市場志向の理念が行動にまで反映していますか。」この質問に答えるのには、少し考える時間が必要だろう。迷わずに「イエス」と言える人は、そう多くはないはずだ。理念としての市場志向は日本企業に浸透しているが、それを具体的な行動につなげるのは難しい。「顧客の不満にしっかりと対応していますか」「顧客ニーズの変化を迅速に感知していますか」と問われると、もっと歯切れが悪くなるだろう。

市場志向という概念

 ここで、市場志向という概念を確認しておこう。市場志向とは、企業経営における一つのアプローチである。この概念は、「製品志向」「販売志向」と対比すると理解しやすい(表1を参照)。製品志向とは、企業経営において、特徴ある製品の提供を中心に据えることである。製品志向の企業は、新しい技術に敏感で、より良い製品を作ることに注力する。画期的な製品を開発することも多い。製品の品質は、顧客よりも企業の方がよくわかっているということを前提としているので、ここで言う「良い製品」とは企業側が信じる良い製品のことである。研究開発部門や生産部門が大きな権限を持ち、社長が技術者出身という場合が多い。製品志向の問題点は、製品に注目しすぎて、顧客のニーズと離れてしまう恐れがあることである。企業の信じる「良い製品」が、顧客にとっては「使いにくい製品」という場合もある。例えば、電気製品に新たな機能を加えたものの、誰もその機能を使わないという状態である。


※クリックで拡大
表1:企業経営における3つのアプローチ


 次に販売志向とは、既存製品の販売力を経営の中心に据えることである。販売志向の企業は、製品そのものよりも販売方法に注目し、広告や販売促進活動に熱心である。社内では、営業部門の声が大きな影響力を持つ。問題点は、日々の売上に注力するあまり、長期的な戦略を立てなかったり、先を見据えた投資が疎かになったりすることである。

 これらに対して、市場志向は顧客ニーズを経営の中心に据える。企業が信じる良い製品を提供するのではなく、顧客が求める製品を提供することに注力する。したがって、あらゆるマーケティング活動は、市場情報の把握から始まる。そして、顧客満足の実現のために、販売にとどまらず、あらゆるマーケティング活動が統合管理される。市場志向にも問題点はある。顧客のニーズを追求しすぎて、社会全体に悪影響を及ぼすということが時々起こる。例えば、コンビニエンスストアの多頻度配送は、新鮮な製品を購入できるという面で顧客にとってはありがたい仕組みだが、交通渋滞を招き、資源を浪費するという側面もある。

市場志向型経営とは

 次に、市場志向型経営について整理しておこう。簡単に言えば、市場志向を基本アプローチとした経営だが、詳しく定義すれば「市場情報を継続的に活用して、市場環境に創造的に適応することを志向する経営」である。中身を順に見ていこう。

 第一に、ここでの市場情報とは、購買履歴や苦情情報、市場調査、営業マンの日報などのことを指す。このような顧客関連情報だけにとどまらない。競合の新製品開発動向や価格変更、新規参入といった競合関連情報も含まれる。ここまで、市場志向と顧客志向を区別なく使ってきたが、実はこの二つの概念は異なる。市場志向は、顧客志向に競合志向を加えたものである。

 また、市場情報には、マクロ環境要因も暗黙的に含まれている。顧客や競合の変化を誘引する政治の動き、経済の動向、社会の変化、技術の進展など、これらの情報も見落とすわけにはいかない。規制緩和によって競争のルールがガラリと変わることもあるし、新たな技術によって新規参入企業が現れることもあるからである。

 第二に、市場情報の活用は、継続的である。常に市場情報を企業内に還流させ、組織の各部門で活用されなければならない。したがって、大ヒット製品を生み出す企業というよりは、製品の改良を積み重ねることで顧客ニーズのスイートスポットを掴んでいく企業である。市場志向型経営とは、ホームランを狙うのではなく、高打率を維持するのである。シーズンを通じて好不調の波が小さいイチローを思い浮かべてほしい。

 第三に、把握した市場環境への適応方法は、単に顧客ニーズに合わせるだけではない。企業側が顧客ニーズを生み出すことも含まれる。顧客が言葉にしない隠れたニーズを企業側が読み取って製品開発していくことも想定している。

尚、市場志向型経営という言葉は、全く異なる意味に使われることがあるので注意が必要だ。従業員を大切にする経営を組織志向型経営、それに対して株主を大切にする経営を市場志向型経営と呼ぶことがある。本稿では、このような意味で市場志向型経営を使うことはない。

むすび

 市場志向型経営のイメージをつかんでいただけただろうか。さて、具体的には、何をどのようにすればいいのだろうか。このような経営を実現させるに必要な能力がマーケティング・リテラシーである。次回は、マーケティング・リテラシーについて触れよう。

【参考文献】
嶋口・石井・黒岩・水越(2008)『マーケティング優良企業の条件 創造的適応への挑戦』日本経済新聞出版社
恩蔵(2004)『経営学入門シリーズ マーケティング』日本経済新聞社

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