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  • 2008/11/13 掲載

インフォメーション・エコノミーとは:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(1)

九州大学大学院教授 篠﨑彰彦氏

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目下、経済はグローバル規模に大波乱の様相を呈している。ITを駆使した金融手法がその震源となっているだけに、2001年のITバブル崩壊と重ねあわせて、ITによるイノベーションに疑問符をつける向きもあるだろう。だが、こうした時こそ混迷する経済情勢の先につながる大きな潮流を見失ってはならない。本連載では、ITが経済のさまざまな領域にどのような影響を与えているかを包括的に研究するインフォメーション・エコノミーについて、最新動向のトピックスも交えながら解説していこう。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
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インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

インフォメーション・エコノミーとは

これまでの連載一覧
 目下、経済はグローバル規模に大波乱の様相を呈している。IT(Information Technology)を駆使した金融手法がその震源となっているだけに、2001年のITバブル崩壊と重ねあわせて、ITによるイノベーションに疑問符をつける向きもあるだろう。

 確かに、経済は景気の良いときと悪いときが交互に現れ、その変動にITの影響が強まっているのは事実だ。ただし、底流にイノベーションの原動力が働いていれば、それは単純な循環の繰り返しではなく、長期のスパンでみると、成長トレンドを持った生産性の向上が実現する。こうした景気循環の変動を取り除いた生産性の向上こそが豊かさを実現する経済の基礎力なのだ。

 この連載では、ITが経済のさまざまな領域にどのような影響を与えているかを包括的に研究するインフォメーション・エコノミー(Information Economy=情報経済研究)について、最新動向のトピックスも交えながら解説していこう。

 インフォメーション・エコノミーは、1990年代の生産性論争を機に生まれた比較的新しい研究領域だ(これと似たことばにInformation Economics=情報経済学があるが、その違いについては次回以降で言及していく)。生産性論争とは、ITを導入しても生産性が向上しない謎(1987年に問題提起した経済学者の名前にちなんで「ソロー・パラドックス」という)とパラドックスが解消し新しい成長経済に入ったとする「ニュー・エコノミー論」をめぐり、米国経済を主な舞台に繰り広げられた論争のことだ。今では、1980年代にみられたパラドックスが解消してニュー・エコノミーが生まれたたとする見解がコンセンサスを形成し、ハーバード大学のジョルゲンソン教授らによる最新研究でも、ITの導入で米国経済の成長力が停滞期に比べて1%以上高まったことが確認されている。

表1 米国経済の生産性と情報資本
  1959-73 1973-95 1995-2006
  1995-2000
労働生産性 2.82 1.49 2.59 2.70
  資本装備率 1.40 0.85 1.37 1.51
一般資本 1.19 0.45 0.60 0.49
情報資本 0.21 0.40 0.78 1.01
労働の質要因 0.28 0.25 0.26 0.19
全要素生産性 1.14 0.39 0.96 1.00
(資料)Jorgenson, et al., (2008) をもとに作成。四捨五入の関係で合計が一致しない場合がある。


 情報経済研究は米国以外の世界にも広がり、OECD(経済協力開発機構)では、ITの発展、普及、利活用にともなう経済的、社会的影響を考察すべく、情報経済班(Information Economy Unit)が経済成長、生産性、雇用、企業行動などの分析を行っている。

 今回は、日本経済を対象に、これまでの研究で明らかになった事実、それらを受けた最新の研究課題をマクロ、ミクロ、国際比較の観点から概観しておこう。

パラドックスもニュー・エコノミーもない日本

 ITの導入効果をマクロの面から分析するには、「成長会計」といわれる手法を用いてITの生産性向上への貢献度を分析するのが一般的だ。これは、ノーベル経済学賞を受賞したロバート・ソローが約50年前に開発したモデルを応用したもので、労働生産性を情報資本装備、一般資本装備、全要素生産性などの要因に分解し、その貢献度を測る手法だ。

 日本について計測すると、次のような事実が確認できる。第1に、景気循環の影響を除いた経済成長の基礎力(構造的生産性上昇率)は、1990年代後半に大きく低下したが2001年以降に回復していること、第2に、ITの貢献度は1980年代後半まで大きく上昇してきたが、1990年代以降は一進一退にあることだ。ITの導入と生産性の向上が1980年代までは連動していたのに1990年代以降は両者の動きが全く無関係になっていることを意味する。つまり、米国とは対照的に、日本では1980年代まで「ソロー・パラドックス」が観察されず、同時にまた、1990年代以降は「ニュー・エコノミー」が観察されないのだ(表2)。

表2 日本経済の生産性と情報資本
  76-80 81-85 86-90 91-95 96-00 01-05
  a b c d e f
経済成長率 4.8 3.3 5 1.6 0.9 1.5
労働投入 1.4 0.9 1.3 -0.3 -0.5 -0.8
労働生産性 3.4 2.4 3.7 1.9 1.5 2.3
景気循環要因 1.2 0.0 0.3 -0.8 0.1 0.3
構造要因 2.3 2.4 3.4 2.7 1.4 2.0
資本装備率 1.7 1.5 1.8 1.6 1.0 0.8
一般資本 1.6 1.3 1.3 1.2 0.6 0.4
情報資本 0.1 0.2 0.4 0.3 0.4 0.4
労働の質要因 0.3 0.4 0.3 0.3 0.4 0.3
全要素生産性 0.3 0.6 1.3 0.8 0.0 0.9
(注)四捨五入の関係で合計が一致しない場合がある。

 米国でパラドックスが解消し、ニュー・エコノミーが発現したのは、ITが単なる情報処理マシンから有効なコミュニケーション・ツールへと進化する中で、ミクロ・レベルの経営改革とマクロ・レベルの制度改革がうまくかみ合い、約10年間のIT投資ブームが続いたからだ。民間企業の投資行動は、効果が出なければ、一時的な盛り上がりはあっても長続きはしない。日本でIT投資の増勢が続かず、生産性への影響力をなくしたのは、ITを導入しても充分な効果を得られなかったからにほかならない。

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