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2008年12月22日

【鈴木謙介氏+荻上チキ氏インタビュー】答えがひとつではない今、どのように悩むか

12月19日、鈴木謙介氏が『チャーリー式 100Q/100A 「悩み方」を考える超・人生相談』(ランダムハウス講談社)を刊行。 その名のとおり、千差万別の100の悩みに答えるQ&A集だ。気鋭の若手社会学者が「他人の人生の悩み」という超難問に取り組むのはなぜか? そして、人々は今、なにを悩んでいるのか? 鈴木氏と、同書のプロデューサーであり、同書中で聞き手役も務めた荻上チキ氏に話をうかがった。


悩みが共有されない時代の責任を取る

――そもそも、なぜ人生相談本を?

荻上氏■
もともとは版元からチャーリーさん(鈴木氏のニックネーム)に「Q&A本を作りませんか?」ってオファーがあったからなんですが、そんな彼から「手伝え」と依頼された時、「そういえば00年代以降、Q&A本の代表的なタイトルがなかったな」と思ったのが、引き受けた大きな理由のひとつです。同時代的な類書がないからこそ、ベストな一冊を作ると同時に、様々な「悩み方」や「解消の仕方」が、時代ごとにどのような変遷をしてきたのかも整理する本にしたかった。「その手の悩みにはこういう歴史があって、あなたの悩みはここに位置づけられているんですよ」ということをクリアにすることで、問題の解決法を提示できるような本を作れば、誰もが読める汎用性の高さを確保できるんじゃないかな、と考えたわけです。「お悩み相談」だけなら、ネットなどの質問掲示板で既に事足りますからね。結果的に、厚みのある一冊に仕上がったので、現代社会や論理的思考の入門書として重宝しそうなアイテムになったと思います。

【コラム】【鈴木謙介氏+荻上チキ氏インタビュー】答えがひとつではない今、どのように悩むか
『チャーリー式 100Q/100A
「悩み方」を考える超・人生相談』
鈴木氏■著者としては、今回寄せられた悩みと、90年代までに語られてきた論点のパッケージみたいなものとを組み合わせることで「いま、果たしてなにが言えるだろうか」ということに挑戦したかったんです。おそらく「社会学者の人生相談本」ということでいえば、僕の師匠である宮台真司さんの『これが答えだ!』(飛鳥新社・1998年。現在は朝日新聞社より文庫化)の流れを汲む一冊だと思う人も多いと思います。ですが、あの本をあらためて読んでみると、当時は「問いのテンプレート」がたくさん用意されていたような気がするんです。

――問いのテンプレート?

鈴木氏■
刊行当時、ちょうど時代が変わり目に入っていたから、問題にすべき点が明確だったということですね。オウムをどう考えるか、援助交際にどう対処するか、自衛隊の海外派遣、景気対策、官僚不信。「そんなことを問題にしていいのか?」なんて疑問が持ち上がることもそうはなかったし、問われるべき問題っていうものに対してコンセンサスを取りにくい状況ではなかったように思うんです。

 これまで僕の読者は、自分と同世代の人たちが中心でしたし、僕もそのつもりでいました。けれど今回は、それより下の層、新人類ジュニアくらいからの質問も寄せられているし、彼らは重要なターゲットになる。じゃあ彼らが、僕らが『これが答えだ!』のころに問題にしていたようなことを問題視しているのか、と問われると非常に心許なかった。もちろん、僕が問題を勝手に設定して「さあ、この問題について答えてあげよう」という書き方もあったとは思うんです。それなら整合性はつけやすいし、それがヒットする人にはクリアに社会が見えてくるとも思うんだけど、その一方で、それでは10代や20代のリアリティを保証できないから、マーケットが小さくなってしまうような気がしたんです。それがチキさんにプロデュースをお願いした理由ですね。

荻上氏■企画が立ち上がった当初から、『朝まで生テレビ!』みたいに「すでにインデックス化された悩み」を羅列するつもりはありませんでした。ちょうど、僕自身『ネットいじめ』(PHP新書)の執筆が終わったばかりだったこともあって、中高生とのパイプや生の声を持っていた時期だった。ならば、その子たちをはじめ、いろんな人からお悩みを受け付けて、コメントを加えるインタビュー形式にした方がリアルな本ができあがるだろう、と。

鈴木氏■それに、若い世代に向けて書かれた本ってどうしても「若い世代が若い世代に向けて書いたから読者は共感する。だけど、作られたものは荒削り」というパターンに陥りがちなんです。ケータイ小説なんかが最たる例ですよね。編集サイドの見え方としては、20代の作家が書いているものが20代以外にどうやって広がっていっているのか、誰にもまるで判らないという状況になってしまう。なら、年下の悩みをキチンと受け取って、それを自分たちが生きてきた中で獲得したリソースと並べて「応答」するとき、どんな回答が導き出されるのかを確認する方が、より多くの層に届くだろうし、有益だと思ったんですよ。僕自身、そろそろそういうことに挑戦すべき年齢になったよな、という意識はありましたから。

荻上氏■という、「ほかの学者に先駆けて、オレが世代間のズレの責任を取る」宣言をさせてみたわけです(笑)。


答えがひとつではない時代のお悩み解決法

――実際、みんなの悩みって宮台さんの本のころから変わってます?

荻上氏■
先ほどインデックスの話をしたように、「悩み」と「悩み方」が共有されていない感じは受けます。自分はこれについて悩んでいるんだけど、隣の人がなにを悩んでいるのかが、不透明であるような感じ。実際の悩みの中身を見てみると実に普遍的で、歴史的に反復されているだけのものだったりするんですが、なかなかメディアとしてそれをインデックス化しにくい。

 それから、「悩み」への距離感も当時とは違っているのかもしれません。『これが答えだ!』には、悩んでいて曖昧模糊とした気持ちを抱えている相談者に対して、特定の答えという光をビシっと与える灯台的な役割があったと思うんです。ところが、現代はそうした反復に対し、無感動が広がっているように感じています。「もう、それが答えだと言いたいのはよく分かったよ」「この程度の結論が出ていれば、とりあえずそれでいいよ」と、簡単にネタが割れるし、情報を縮減させてしまう。僕自身も、メディアに対してかなりスレてしまってる(笑)。

――その原因は?

【コラム】【鈴木謙介氏+荻上チキ氏インタビュー】答えがひとつではない今、どのように悩むか
鈴木謙介氏(撮影:田島昭)
鈴木氏■
ひとつは、ケータイやネットによって、我々のコミュニケーション環境が変わったためでしょうね。今は、悩んだり、相談したり、愚痴を言ったりする場所が大量に用意されています。だから「一番得点の高い答え」ではなく「一番自分が聞きたい答え」を引き出すのが容易になっている。弱さに優しい環境ができると、ある悩みに対して現実を突きつけても「なんで分かってくれないんだ!」という反応しか返ってこなかったり。

 おそらく90年代って、世の中がドラスティックに変わっていく途上だったがゆえに、人々にも「何が起こるかわらかない。時代の荒波を乗り切れるタフな存在じゃなきゃいけないんだ」という強迫観念があったと思うんです。だから、当時の悩みのパターンに「タフじゃない自分は、どうしよう?」というものがよく見られた。でも今は、雑誌『小悪魔ageha』(インフォレスト)の「病んだっていいじゃん!」特集に象徴されるように、タフさをもっとも表象していたギャルですら心を病んでいるとか、ネガティブな状態であることをカムアウトしてもOKな時代になっている。また、ネットやケータイを通じて、その弱さが受け入れられやすくなっている。こういう弱さを認める社会は、悩んでいることに対して優しい社会である一方で、答えを出さなくても、それなりにやり過ごせてしまうような楽しさがたくさん用意されているような社会でもある。あるいは、正面から悩みに向き合っていこうという姿勢が過剰であるがゆえに、答えの中身には全く目を向けず、何を言っても「分かりました!頑張ります!」という自己啓発の材料としてしか受け止めてくれなかったり。この両極端な感じは、企業で部下を抱える中堅の世代の方なんかでも、日々直面するところがあるんじゃないでしょうか。

――そんな社会で暮らす人の悩みにはどう回答すればいいんでしょう?

鈴木氏■
相談者に特定の回答を突きつけて「その回答に向かうべき」と性急にせき立てても、あまり効果がないでしょうね。「なんでそんなにまでして、この悩みをその方向で突き詰めなきゃいけないんだ」って。コミュニケーションや自己啓発による埋め合わせで、悩みの本質をスルーできてしてしまう現代においては、おそらく「じゃあ、一緒に悩もう」ということを示してあげることの方が必要なんです。

 実は、この本の中には、非常に歯切れの悪い答えになっているものがいくつかあるんですが、それは言い換えれば、彼らのコミュニケーションの中に入ってみたということの証拠でもある。要は、SNSやケータイメールとかで日々繰り広げられているだろう相談に、いち友だちとして乗ってみたつもりなんです。

 他方でこの本では繰り返し、そうした「一緒に悩む」ことの限界についても喋っている。人が他人の人生に関わるにも限度があるし、自分が力になれなくても、他の誰かが力になってくれることもある。そういうことまで含めて「これが答えだ!」とスパッと言えなかったけれど、そのことによって「そんな答えはいらない」という人や、あるいは「そこまで悩みたくない」という人に対して、別の扉を開いてあげる回答のしかたはできたのかな、と思っています。

荻上氏■議題設定のしかたがマズくて、結論にたどり着けない人に「こういう議題を設定してみたら」と提案をしてみると、スムーズにプロセスを描けたりすると。でも、今って、「議題」が既に凝り固まってしまってるがゆえに、別の「議題」を改めて設定することが難しいケースも多い。たとえばチャーリーさんのこだわる「ロスジェネ」問題だったら、内面の問題、関係性の問題、社会状況の問題、経済の問題、国際問題など、議題はいくつも考えられる。人々の間には、そういう「アジェンダの生態系」が存在していて、既にある生態系を整理するところからはじめ、どのポジションを採用するとどんな結論を招いてしまうのかを見極めなければならない。

 『Life』(鈴木氏がパーソナリティを務めるTBSラジオの番組)なんかを聴いていると、チャーリーさんは、ひとつのトークテーマに対していろいろな議題を提出する、というイマドキのアジェンダ・セッティングのしかたが非常にウマいですよね。アジェンダの生態系の中を探検して、地図を描くというのに適しているキャラクターなんだと思います。

鈴木氏■たとえば「恋人が欲しい」という悩みがあるでしょう。でも、恋人がいないのが問題なのか、異性の前に出られる服を買うカネがないのが問題なのか、恋人はいらないけれど恋人の自慢をする友だちが憎いだけなのか、一見同じように見える「悩み」にも、複雑な内実があるわけです。しかも、ひとつの問題が解決したからすべての悩みが尽きるとは限らないし、自分ひとりでは解決できない問題もある。今、若者の問題というと、自己責任か、社会の責任か、を問われがちですが、僕は「社会問題が解決すれば自己責任も解消される」とか「社会はどうしても良くはならないから、自分の気持ちを切り替えろ」という両極端な議論では、なにも解決しないと思っています。

 人は「社会の問題と個人の問題」「自分で解決すべき問題とそうではない問題」「人と協力すれば解決する問題と自力で解決できる問題」など、いろいろな綱引きの狭間に立たされている。そして、どれかひとつを引っ張りすぎると、絡まっていた別の綱まで引っ張られてしまって、むしろマズい結果を招くことも多い。それなら、ひとつの答えで事足れりとするのではなく、今、自分はどういう綱引きの渦中にいて、どれを自分で引っ張れるのか、どれは人と協力しなければ引っ張れないのか、そもそも引っ張る前に動かしようのない問題なのか、をしっかり切り分けて、それぞれを少しずつ引いてみなければならないんですよ。

――Q&A本でもそういう回答を心がけた?

鈴木氏■
たとえば、一番最初の「働いたら負けだと思う。けど、空腹に負けそうです」っていう質問についても、社会的に解決できる問題、個人が解決できる問題を提示した上で「まあ、お腹が空くんなら、とりあえず働いてみたら」とオトす。普通はやらないような答え方をしたつもりです。「腹が減ったなら働け」って言っちゃったり「お腹は空きながらも働きたくない気持ちはわかる」と共感したフリをしたりはしたくなかった。「働かないのもアリだし、腹を満たすのもアリ」と、選択肢はどちらにも開いておいてあげたいですよね。

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