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2009年10月06日

【飯田和敏氏インタビュー】敵は巨大な無関心――『ディシプリン』に込められた、クリエイターの魂とは

『アクアノートの休日』『巨人のドシン』などの作品を手がけたゲームクリエイター・飯田和敏氏がこのたび、およそ7年半ぶりにリリースしたWiiウェア『ディシプリン*帝国の誕生』が注目を集めている。具体的な販売本数こそ明らかにされていないものの、Wiiウェア週間販売ランキングでは一時『乱戦! ポケモンスクランブル』を抜いて堂々の第1位を獲得。「わかりにくいゲームは売れない」と言われる時代、なぜこんなにも「わかりにくいゲーム」が売れたのだろうか。開発者である飯田和敏氏に直接、お話をうかがった。


「巨大な無関心」との戦い

――まず『ディシプリン*帝国の誕生(以下、ディシプリン)』という作品についてですが、これまで飯田さんがリリースされた『アクアノートの休日』や『巨人のドシン』などと比べても、かなり独創的な作品に仕上がっているように感じました(ページ下部、※1参照)。一体なぜ、このようなゲームを作ろうと思ったのですか?

飯田氏■
ゲームに限らずコンテンツビジネス全般に言えることなんですが、今の時代、とにかく何をやっても響かないんですよ。たこつぼ現象っていうのかな。好きな人のために作られた好きなものしかヒットしない。それはもちろん、そういうものしか作り出せない僕らの責任でもあるんですが、その一方で、人々が昔に比べて無関心になってるなというのも痛烈に感じていて。

 昔はやっぱりね、なんかヘンなものがあるぞって言えば、みんなが見に来てくれたんですよ。でも今はそうではなくて、みんな『モンハン』でいいですとか、『FF』でいいです、みたいな状況になってしまっている。世間に横たわる、巨大な無関心というものがまずあって、その中に内包される形でゲーム好きという人たちがいる。いわゆるゲーム好きな人たちでさえも、根っこのところではゲームに対して無関心なんですよ。

 その結果、ゲームがゲーム然とした、すごく整ったものになってしまった。一方で売れているゲームに目を向けると、『Wii Fit』や『脳トレ』みたいな、ちょっとゲームとは違うものだったりして、そこがゲームクリエイターとしては悔しかった。だからまず、巨大な無関心に届くようなものを作りたかった、というのがそもそもの出発点。

【コラム】
飯田和敏氏
――たしかに、昔のような新しいゲームや実験的なゲームって、今ではほとんど見かけなくなりましたね。

飯田氏■
僕はこれまで、ゲームはキャンバスやスクリーンなどと同じように、アートの場として成立し得るんだという信念のもとにずっと活動してきたんです。でも最近になって、その信念がちょっと揺らぎはじめていた。それはやっぱり、作り手のエゴだけでは成立しない部分であって、それを受容してくれる人々の好奇心があってはじめて存在できるものだから。

 だからこのゲームを作るにあたっては、いろんな賭けがありましたよ。そういう新しいゲームに、世間が今でも興味を持ってくれるのかという賭け。それから僕自身にまだゲームを作るモチベーションがあるのかという超個人的な賭け(笑)。

――飯田さんにとってはおよそ7年半ぶりの家庭用ゲームとなる本作ですが、久々に家庭用という土俵に戻ってきて、以前と変わったなと感じた部分はありましたか?

飯田氏■
かわったね、すごく。とにかくあちこちで突き当たったのが「わかりにくいのは良くない」という考え。「わかりにくい教」みたいな。

――わかりにくい教(笑)。

飯田氏■
たとえば『ディシプリン』でも、壁や天井とか、あちこちに隠されたギミックを見つけて、それがどんな役割を果たすものであるかをユーザー自身が試行錯誤しながら学んでいったりしますよね。僕はそういう、わからないものをわかっていくのがゲームの楽しみなんじゃないかと思っているんです。でも周りはそれを「わかりにくい」と。今のゲーム作りの作法においては、試行錯誤はストレスだと。そういうところでの衝突はけっこうありましたね。

――それは作り手側というよりは、遊び手側の要求に応じて変化していった部分ですよね、きっと。

飯田氏■
開発中、「とにかく安心してゲームをしたい、だからそれ以外のものはやめてくれ」みたいな、無言の圧力はずっと感じていましたね。でも僕はやっぱり、どうせ時間を使って楽しむなら、やっぱり自分の価値観をひっくり返されるような体験がしたいんです。今さっきまで見ていた景色が、1本の映画を観ることでガラリと変わってしまう。ゲームだってやっぱりそういうものであるべきですよ。

――逆に言えば、自分の価値観の中で楽しめるものにしか触れようとしないのが「わかりにくい教」と。

飯田氏■
そう、だから目の前に異物が現れると、それをわかりにくいと言って拒否してしまう。結果、それが無関心という状態を生み出しているんです。アパシー(無気力、無感動な状態)という言葉がありますが、まさにそれですよ。


覚悟がなければ作れないゲーム

――ネットでも話題になっていましたが、今回、実在の事件を思わせるかなりきわどい表現があちこちに出てきますよね。

飯田氏■
そこは今回非常に神経を使った部分なんですが、言葉というのは不思議なもので、置き換えれば置き換えるほど本質には近づいていくんです。僕も最初は悩んだけれど、言葉の問題じゃないんだということがわかった。だから開発の終盤ではテキストに赤が入ってもまったく気にならなかった。変えれば変えるほど、ぐいぐい近づくことがわかったから。

 結局、実際にあった事件をいろんな角度から検証していくというのは、自分も傷を受けたものの一部として、その傷を癒していく行為なんです。よく「事件を風化させてはいけない」みたいなことが言われますけど、じゃあ風化させないためにはどうしたらいいのか? って話ですよね。

 たとえば新聞やテレビは、事件をある種の物語として作り上げてしまって、受け手が望むような、腑に落ちやすいお話として処理してしまう。でも、たとえば秋葉原の連続殺傷事件なんかは、僕自身も前日あの場所にいたし、ゼミ生のひとりは当日のまさにあの瞬間、秋葉原にいた。僕も彼も、そういう意味では被害者になっていてもまったくおかしくはなかったし、今後も自分の問題としてやっぱり考え続けると思うんです。

――たしかにメディアって、事件を見栄えのいい形で真空パックしてしまって、そこから先には触れさせないような機能を持っていますよね。

飯田氏■
もちろんそれが報道だから、それはそれでいいとは思うんです。ただ報道とは違った部分を、文学だとか映画といったものが担っていかなければならない。当然ゲームだってそれはできる。

【コラム】
(c)2009 Marvelous Entertainment Inc.
――でも題材が題材ですから、周囲から反対意見などはありませんでしたか?

飯田氏■
その点では、開発者たちはものすごい覚悟を背負って臨んでいます。僕らはブルセラ商人ではないし、世の中のことを理解したくてゲームを作っている。それが結果として別の軋轢を生じさせることになってしまうなら、そこはもう、一人一人ちゃんとお話しして、説明していくしかないだろうと。それはやっぱり、ゲームを作ったものの責任だと思うし、どこかで贖罪はしなければならないと思っています。

――たしかに、覚悟がなければ作れないゲームですね。

飯田氏■
でも一つ言えるのは、興味本位だとか、不謹慎な思いで作ったゲームではないということ。僕も含めてスタッフは全員、ゲームを作っていく中で、みんな具合が悪くなってるんです。でも、人々の無関心がアパシーから来ているもので、そのひとつの現れが、たとえばあの秋葉原の連続殺傷事件なのだとしたら、それはやはり誰かが止めなくちゃならない。

※1: 「ディシプリン*帝国の誕生」概要
 去る2009年8月25日にマーベラスエンターテイメントより発売された、Wiiウェア専用タイトル。究極の囚人監視システムを備えた最新収容施設・ディシプリンを舞台に、プレイヤーであるyouと、奇妙な収容者たちとの共同生活を描く。プレイヤー以外の収容者たちは、いずれも実在する有名な犯罪者たちがモチーフとされており、フィクションとは言いつつも、そのあまりにリアリティ溢れる言動や内面描写に、遊んだユーザーからは「かなりヤバい」といった声も。価格は800Wiiポイント。

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