• 会員限定
  • 2010/07/21 掲載

ニュー・エコノミーは幻想か?グリーンスパン証言とクルーグマンの批判:篠崎彰彦教授のインフォメーション・エコノミー(20)

九州大学大学院教授 篠崎彰彦氏

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
  • icon-close-snsbtns
記事をお気に入りリストに登録することができます。
ニュー・エコノミー論争は、グリーンスパンFRB議長(当時)の証言や後にノーベル経済学賞を受賞するクルーグマン教授の批判などが加わったことで白熱した。中には、もはや既存の経済学は古すぎて、新しい経済には適用できないという説さえみられたが、こうした言説は、その後のITバブル崩壊でみごとに否定され、今度はIT投資による生産性向上は幻想に過ぎない、というもう一方の「極論」が生まれた。

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

執筆:九州大学大学院 経済学研究院 教授 篠崎彰彦

九州大学大学院 経済学研究院 教授
九州大学経済学部卒業。九州大学博士(経済学)
1984年日本開発銀行入行。ニューヨーク駐在員、国際部調査役等を経て、1999年九州大学助教授、2004年教授就任。この間、経済企画庁調査局、ハーバード大学イェンチン研究所にて情報経済や企業投資分析に従事。情報化に関する審議会などの委員も数多く務めている。
■研究室のホームページはこちら■

インフォメーション・エコノミー: 情報化する経済社会の全体像
・著者:篠崎 彰彦
・定価:2,600円 (税抜)
・ページ数: 285ページ
・出版社: エヌティティ出版
・ISBN:978-4757123335
・発売日:2014年3月25日

「ニュー・エコノミー」を認めた?グリーンスパン証言

 ニュー・エコノミー論は当初、産業界や市場関係者の期待が入り混じった感覚的議論の域を出ておらず、必ずしも研究者たちによる充分な検証がなされたものとはいえない面があった。そのため、正統性を求めるべく、経済分析能力の高さで定評のあったグリーンスパン議長(当時)がこれをどうみるか、大いに関心が寄せられていた。

 もっとも、慎重な彼は、1996年12月には、株式市場の急ピッチな上昇を「根拠なき熱狂(irrational exuberance)」と牽制し、1997年2月の議会証言(注1)では、「歴史をふり返ってみても、“新時代(new eras)”というのは、結局幻想に過ぎなかったという教訓が得られる」と述べ、安易な楽観論に対して一定の距離をおく姿勢を貫いていた(注2)。

 ところが、その後の発言で次第にトーンが変わっていく。1997年5月の連邦公開市場委員会(FOMC)では、「実際の生産性は現行の公表統計以上に上昇し、インフレーションの抑制に重要な役割を果たしている可能性がある」との見解を示し、安易な楽観論にはくみしないものの、1990年代に入ってからの米国経済の構造変化もまた否定し得ないという立場を打ち出した(注3)。

 こうした経過の中で注目を集めたのが、タイバーツ暴落に端を発したアジア通貨危機の渦中に行われた1997年7月の議会証言だ。グリーンスパン議長は「現在の発展が、国の内外で起きている1世紀のうちに1、2度起きるような生産性の上方シフトかどうか、あるいは、通常の景気循環の中でたまたま異例の事態が起きているだけなのかはわからない。最近の生産性の向上は一時的で短期的な需要や産出の増加によって作り出されたものであるかもしれない」と、いつもの慎重な言い回しをしたに過ぎない(注4)。

 だが、同じ議会証言の中で、実質成長率見通しの上方修正とインフレーション見通しの下方修正を行い、米国経済が長期的に効率性を改善しているとの判断もほのめかした。そうした文脈の中で、あえて「1世紀に1、2度起きるかどうか」と表現したのだ。エコノミストや市場関係者の間では、インフレーションを最も警戒するFRBが、生産性上昇による潜在成長力の上方シフトを認めた証言と解釈された。日本の新聞では「米国企業のハイテク投資に伴う生産性の大幅上昇について“100年に一度か二度の現象”である可能性に言及した」とさえ報じられている(注5)。

photo
図1 論争の経過

クルーグマンの「ニュー・エコノミー論」批判

 同じ時期にもうひとつ注目されたのがクルーグマンの「ニュー・エコノミー論」批判だ。有力誌フォーリン・アフェアズの1997年7・8月号には、歴史的考察から景気循環の安定化を論じたDavid Hackett Fisherの著書The Great Wave: Price Revolutions and the Rhythm of Historyに対するKrugman(1997a)の批判的書評が掲載された。

 クルーグマンは、インフレなき長期の経済成長が続いた結果、1990年代初頭の景気後退を最後に、もはや不況は訪れないとする楽観的な議論が蔓延している、と「ニュー・エコノミー論」を牽制した。彼は、1960年代も同じような主張が広くなされたが、実際は異なる結果に終わり、歴史的に考察するならば、景気循環は常に生き残ると解釈しなければならない、と反論したのだ。クルーグマンは、1997年7・8月号のハーバード・ビジネス・レビュー誌でも、失業率と成長率の間に成り立つ「オーカンの法則」をもとに、米国の潜在成長率は依然として2%台前半だと主張し、成長率が高まったとする「ニュー・エコノミー論」の楽観的姿勢を痛烈に批判した(注6)。

 経済誌などのジャーナリズムで繰り広げられていた「ニュー・エコノミー論」にグリーンスパン議長や著名な経済学者のクルーグマンなどが加わったことで、論争は一段と白熱した。もちろん、景気の波が緩やかになったと主張した研究者も、景気循環が完全に無くなったと断じたわけではなく、サービス化、グローバル化などによって、経済全体の柔軟性が高まったと指摘したに過ぎない(注7)。

 だが、論争の過熱とともに、米国経済は永遠の繁栄期を迎えたとする主張が市場関係者の間でもてはやされるようになり、中には、既存の経済学は古くなりすぎて現代の経済には適用できないという意見さえ現れた(注8)。

【次ページ】経済は依然として景気循環による変動を受けやすい

注1 ハンフリー・ホーキンス法(完全雇用均衡成長法)に基づき、連邦準備理事会(FRB)議長が年2回議会に経済見通しと金融政策の運営を報告するためのもの。
注2 Greenspan(1997a)参照。
注3 Federal Reserve Board(1997)参照。
注4 Greenspan(1997b)の項目“Inflation, Output, and Technological Change in the 1990s”参照。
注5 日本経済新聞7月23日付夕刊参照。 注6 Krugman(1997a)参照。 注7 たとえば、フォーリン・アフェアーズ1997年7・8月号で景気循環が緩やかになったと論じたウェバーも、“Those fundamental forces of the business cycle have not gone away”と記している(Weber[1997])。
注8 このような見解があったことはThe Economist(1997), Stephenson(2000)などで指摘されている。

関連タグ

関連コンテンツ

オンライン

仮想化戦国時代再び

 パブリッククラウドやプライベートクラウド、仮想基盤、コンテナ基盤など、様々なサービスやツールが提供され利用可能となっている現在、それらをどのように組み合わせて利用するか、そして、その環境を如何に効率的に運用管理していくのか、IT管理者にとっての大きな課題です。  慎重に検討し最適と考えた環境を導入したが、パブリッククラウドのコスト高騰やベンダーの突然のポリシー変更によるプライベートクラウド環境の再検討など、外的要因も含め色々な問題が発生し、都度、対応が求められている。そんなお客様も多くいらっしゃるかと思います。このような様々な問題への対応が必要な今こそ、個々の問題への対策にとどまらず、新たなITの姿を考える良いチャンスではないでしょうか。  変化による影響を受けやすい現在のIT環境から脱却し、ITインフラに依存しない柔軟な運用環境を実現する。ITインフラを意識する事なくマネージメントできるニュートラルな運用環境へシフトする。サービスやツールの導入・変更にもスムーズに対応でき、求められるユーザーサービスをタイムリーに、そして安定的に提供できる、そのような変化に強く、かつ進化に対応する次世代運用プラットフォームの実現が、今、求められていると考えます。  本セミナーでは、次世代運用プラットフォームを実現する2つのキーソリューションをご紹介します。1つ目はMorpheus Cloud Management Platform。セルフポータルサービスに代表されるように、シンプルでありながらパワフルかつ柔軟な統合運用環境を実現します。もう1つはOpsRamp。AIOpsやオブザーバビリティなど個々の機能にとどまらず、多様な要素で構成され様々な要件が求められるハイブリッドクラウド環境にニュートラルに対応する。真にエンタープライズレベルの統合監視環境を実現するソリューションです。 HPEの考える次世代の運用環境をぜひご体験ください。

あなたの投稿

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます