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2011年08月02日

映画『大鹿村騒動記』監督・脚本:阪本順治氏×脚本:荒井晴彦氏

【阪本順治×荒井晴彦 対談:後編】思惑が外れたのが、吉を生んだ--映画『大鹿村騒動記』

映画『大鹿村騒動記』の脚本を作るにあたって荒井晴彦氏と阪本順治氏はどのように物語を作り上げていったのか? その狙いやこだわったところなど、多くの作業について詳しく語り合っていただいた。

映画のあらすじ

 妻(大楠道代)と幼なじみ(岸部一徳)が、嵐の夜に駆け落ちし、村から出て行ったのは18年前。残された亭主(原田芳雄)のもとには、離婚届が送られてきたきりで、その後音沙汰ナシだった。そんな2人が、長年続く村歌舞伎の公演を控えたある日、ひょっこり村に戻ってくるところから起きる物語が映画『大鹿村騒動記』だ。
 妻が認知症の兆候を示し、もてあました友は「返す」と亭主にいう。モノじゃないんだと怒るものの、亭主はとまどいつつ妻も友も受け入れてしまう。原田と岸部、大楠。ベテラン俳優の三角関係を演じる、奇妙な魅力が交じり合い、シリアスコメディな展開をみせ、遺恨を越え「ありえなそうだが、あったらいいよな」と希望を抱かせもする、大人の映画になっている。
 実際、映画の製作過程で面白いのは、10年前に映画の製作をともにしたことから決裂した荒井晴彦と阪本順治が共同脚本に名を連ねていることだ。
(朝山実)

『大鹿村騒動記』公式サイト
2011年7月19日にお亡くなりになった『大鹿村騒動記』主演男優・原田芳雄さんのご冥福をお祈りいたします。なお、本対談は6月16日に行われました。

脚本を構築する作法

 荒井■共同脚本は大変でしょうと言われるんだけど、今回は2人でやるといっても、俺はふだん助手とやってることと同じですから。

 阪本■添削ですか(笑)。

photo

荒井晴彦氏(左)と阪本順治氏(右)


 荒井■またまた、そんな。そりゃプロの監督の書いたものだから、全然違うよ。添削じゃなくて共作。

 2人でやることのよさは、2人の笑いのポイントが違っていることだったよね。

 阪本■原田さん(演じる善)がやっている鹿料理の店の名前に「ディア・イーター」ですからね。「荒井さん、これなんですか?」って聞き返しましたもんね。出来上がったものを観た人は、意外なことに、あれは俺が考えたと想像するみたいで、あれはあれでよかったと思います。

 荒井■今回は「動き」を意図的に考えていた。それが意表を衝いて笑いになればと。

 阪本■荒井さんは台詞の人だと思っていたので、動きということでは今回ぼくは新鮮でしたね。たとえば、善と(岸部一徳演じる)治が呑むシーン。ここで「酒を取りに行く」とか「酒を飲み切る」とト書きに書いてある。

 ぼくが書くと「酒を飲んでいる」としてしまう。曖昧さをなくして書くのが、本職の脚本家なんだなという。

 荒井■たとえば、男女のSEXシーンで「男女が抱き合う」としか書かないで、「あとはよろしく」とかいうんじゃダメで。どういう体位でするのか、そこまで書くのが脚本家の仕事なんです。ベッドの上でただハダカで絡むというなら、それは単なるアクションですよ。不倫だったらどうとか、別れそうな2人ならどうとか、関係によって違ってくるでしょうということなんだけど。そこをサボっちゃいけないよという。

 阪本■そのために、実地で研究なさるんですよね。

 荒井■そういうことを言うから風評になって困るんだよ(苦笑)。

 阪本■ぼくは、自分で脚本も書いて監督もするということをしてきましたけど、ずっとそれをやっていると自己模倣に陥るんですよね。しかも、監督が脚本を書くと、現場に課題を残していく。いちおう脚本には書いておくけど、現場で変えるかもしれないという。

 荒井■野田高梧の本で知ったんだけど、「弱い苗からは絶対に豊かな稔りは期待できない。弱いシナリオからは絶対に優れた映画はできあがらない。シナリオの弱点はシナリオのうちに退治しなければ、映画として救うべからざる禍根を残す。シナリオの弱点を演出でカバーできると考えている人もいるようだが、それが錯覚であることは説明の要もあるまい」と黒澤明が言っている。

 でもねぇ、自分で監督したときの反省をいうと、あとがあると思うとどうしても甘くなるんですよ。現場でやればいいかと。次のリングがあると思ってしまう。

──歌舞伎の舞台の幕を開けたり閉めたり、病院のシーンでカーテンを開け閉めする。なんでもないところが観ていて印象に残りました。

 阪本■病室の場面というのは、色が白っぽくて空間としても凹凸もすくなくて、撮ると面白くないんですよ。とうとうと台詞を述べるところを見せなきゃいけないんですが、病人のベッドの背もたれが上がるくらいしか動きにも工夫のしようがない。なにかないかとなったときに、美術部がもってきたカーテンがあったので、松たか子さんに、これを舞台の幕のようにして芝居をしてほしいと言ったんです。

 荒井■その前に、はじまりのところで、治と(大楠道代演じる)貴子があらわれ、善が舞台の幕を開け閉めするうち、2人は逃げ去ろうとする、それを善が呼び止めるというシーンがあって、結果として病院のカーテンはそれと繋がるんですよね。舞台は幕を引けば終わりだけども、現実はそうはいかない。そこら辺のニュアンスも重なっていくんですが、脚本を書いているときはそこまで考えてはいない。映画って、うまくいくとそういうふうにすべてが繋がって見えていく。そのために、アイデアを絞りだすんですけど。

 でも、あれは脚本に書いてあったら、阪本はちがう演出をしたんじゃないかな。イジワルでやるんじゃなくて、もっと面白いものはないかと探す習癖ってあるから。

 阪本■監督って演じているところがありますからね。俳優さんが台本を読んでイメージしてきたものの上をいきたい、意表をつきたいという欲があって。

 荒井■たぶん、あれは現場で、こっちからだけは撮りづらいとかいった制約があって、思案した末に「おっ、カーテンがあったな」となったんだろうけど。

 阪本■そこにあるものを、うまく使いこなせるかというのもありますよね。病室って、ほんとうに淡白なんですよ。前のシーンのテンポを受けて動きを入れないと、お客さんに長く感じられたりしたら損なんで。

 荒井■あそこは、松たか子(演じる美江)のことを、佐藤浩市(演じる一平)が好きで、彼女も嫌いじゃないというシーンでもあるんだけど、分かる人には分かる程度にしてある。全編、説明的じゃなくしたつもりで、だからこれは喜劇テイストではあってもハードボイルドなんですよ。人情喜劇じゃない。

 設定は深刻で、原田さんの役は親友と妻に裏切られた男だし。

 阪本■ただね、最初の善の「バカじゃないよ、シカだよ」って台詞で客席に笑いが起きているらしい。そこで、映画の見方は決まるというか。

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