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  • 【速水健朗氏インタビュー】ラーメン神話解体――丼の中にたゆたう戦後日本史

  • 2011/11/04 掲載

【速水健朗氏インタビュー】ラーメン神話解体――丼の中にたゆたう戦後日本史

『ラーメンと愛国』著者 速水健朗氏インタビュー

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国民食として君臨するラーメン。そのスープの1滴、麺の1本から、戦後の経済史、社会史、メディア史を見通す。速水健朗氏の新著『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)は、ラーメンとナショナリズム、グローバリゼーションとの葛藤を詳密に読み解いた意欲作だ。3年半に及ぶ執筆期間に、いかにして論考を熟成させ、論点をトッピングしていったのか――著者の速水氏に伺った。

ラーメン文化を支えるのは評論家? ヤンキー?

――新著『ラーメンと愛国』は、ラーメンを通して戦後現代史をなぞる、知的興奮に満ちた1冊です。10月18日という刊行タイミングは、ラーメンガイドブックのリリースラッシュともちょうど重なりました。速水氏の読者層以外のラーメンフリークからも反響があったのでは?

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『ラーメンと愛国』

 速水健朗氏(以下、速水氏)■いやいや(笑)。「ラーメン」と冠した本ではありますが、激ウマなラーメン屋の情報についても書いていませんし、ラーメン史にエポックメーキングな発見をもたらしたものでもない。単にラーメンの変化を通して、日本の現代史を追った本なんですよ。そもそも著者の僕自身、それほどラーメン好きというわけじゃない(笑)。現在の日本および日本人を語る上で、ラーメンほどふさわしいものはないんじゃないかって思ったんです。

 国民的関心って、例えば夕方のニュースのバラエティ枠だとか、大晦日のテレビ番組なんかに現れると思うんですが、そこで常に関心を持たれている情報ってラーメン屋なんですよね。我々はラーメンという共通の食文化を持つ民族であり、ラーメンを愛する同じ日本人である、という共通の意識を持っているんです。ラーメンの特集を手がけられることも多い佐々木さん(インタビュアー)にこちらからも質問しながら進めたいんですけど、ラーメンブームはいまなお続行中だと感じます?

――そのスープ、スタイルが1つの潮流をなすような画期的なイノベーションこそ登場していませんが、評論家陣は「今年は久々にヴィンテージ・イヤーが来た」と口をそろえています。今年の新店はそれぐらい当たりが多かった、ということ。トレンドではなく店舗、ラーメン自体に注目が集まるということは、ブームの熱を保ちつつ、成熟に向かい始めているとも言えますね。

 速水氏■テレビのバラエティや情報番組でラーメンが取り上げられる機会は少し減ってますけど、相変わらずラーメンガイド、ムックの類いは売れてますし、新規開店するラーメン店は減ってないですよね。

 僕が不思議に思ったのが、ラーメン評論家の存在感です。以前は自動車、ファッションの業界でも評論家が意気軒昂でした。しかし、クルマなら消費者が燃費などの機能しか求めなくなり、クルマを文化論として語る『NAVI』が休刊するなど、批評家の役割は減りました。ファッションでは「H&M」「ファッションセンターしまむら」に代表されるように、かつてのショーのサイクルとは合わなくなり、メディアや批評の役割が追いつかなくなっています。そもそも、ネットが普及して1億総ブロガー、批評家時代になって、プロの批評家は役割を失いつつあります。なのに、ことラーメンにおいては、なぜ評論家が有効に機能しているのでしょうか。

――ラーメンフリークがチェックするのは、ニューオープンのお店だけではありません。首都圏だけでも200以上はある既存人気店の新メニュー、シーズナルな限定メニューの情報があふれています。そこで、常人離れしたペースで食べ歩く猛者、ラーメン評論家のキュレーションが求められるんですね。彼ら彼女らは試食会でいち早く実食し、時にはメニューのプロデュースに回り、フリークが求める情報をタイムリーにアップしていきます。

 速水氏■なるほど。話題性をドライブさせる機能として評論家が活躍しているわけですか。そして、そこにはお店と評論家の良好なコミュニケーションも必要だ、と。先に挙げたファッションの評論では業界の意向を受けてそれを消費者に伝える役割を批評家は果たしていたわけですが、ラーメンもそこは機能している。業界、メディア、消費者の三者が幸せな関係性を築けている……。

――ただ、在野のフリークの情報発信量も格段に増えた現在、評論家陣もハードな食べ歩きを求められています。ラーメン界の主情報源として重用されているケータイサイト『超らーめんナビ』では、7人の評論家陣が、実食したラーメンのレポートを「速報」としてアップしていますが、9月までのレポートアップ件数は1人あたり月40.9件に及んでいます。実食の履歴が可視化される分、一線で食べ続ける厳しさは相当なものでしょう。

 速水氏■うへえ。寿司なら一度銀座の「久兵衛」にでも行けば、数年はその時の味について語れますけど、ラーメンは同じ店でも毎年味を変えないと忘れられてしまうのか。従来のブランド、老舗といった考え方とは相容れない世界ですね。こりゃ大変な仕事だわ……。

 ただ、ラーメンって基本的には脂がたっぷりで不健康な食べ物じゃないですか。ナチュラルがもてはやされる健康食全盛時代に、なぜラーメンだけは許容されるんでしょう? 本を書き進める中、これが最後まで疑問として残りましたね。

――確かに。一般人気も加味したら、「ラーメン二郎」に代表される、ボリューミーなガッツリ系が幅をきかせています。無化調(化学調味料不使用)に代表される健康的な一杯もありますが、大ブレイクとは言えませんしね。『ラーメンと愛国』では、二郎の熱烈なファン「ジロリアン」の行動をスタンプラリーにたとえ、ゲーム的な消費と分析していましたが。

 速水氏■これは、僕の持論ではなく、取材したジロリアンの人が「“ポケモンスタンプラリー”みたいなものですよ」と言っていたのをそのまま使わせてもらったんです。全店制覇するための労力が、30数店舗だといいバランスなんです。また、難解な用語とか、食べ歩きにゲームのルールを見出しているのはあくまでユーザーで、そのネタを基点に消費行動を起こしています。新しい消費のあり方が見られるようで、非常に興味を惹かれました。あと、ラーメンを語るには、日本の階層化の問題も欠かせない気がします。ガッツリ系っていうんですか。

――2008年の著書『ケータイ小説的。~“再ヤンキー化”時代の少女たち~』(原書房)では、ケータイ小説の背景に、いまだ健在なヤンキー文化の底流を見通していました。ラーメン界にもヤンキー文化の熱があると?

 速水氏■実は『ケータイ小説的。』は、レディース雑誌の投稿欄、少女漫画のモノローグ、浜崎あゆみの影響といったものとケータイ小説の文化接続について書いた女の子のポエムカルチャーの研究なんですけど、『ラーメンと愛国』は、それと対になる男版のポエムカルチャーの研究でもあります。ラーメン屋の壁には「俺の魂喰ってみろ」みたいな手書きのものが掲げてあるじゃないですか。これに「ラーメンポエム」って名付けたんですが、「団地萌え」、「工場萌え」の大山顕さんがマンションの広告のコピーを「マンションポエム」って名付けているんですけど、それをパクリました。あれって男の子版のケータイ小説みたいなものだと思うんですよ。どちらも相田みつをの系譜というか、都築響一さんの『夜露死苦現代詩』の系譜ですね。

 日本の消費行動の底流には地方在住者のユースカルチャー、いわゆるヤンキー的なものが大きな影響を与えてきたと思います。ロードサイド中心に展開する大手チェーン「らあめん花月」なんかも注目ですよね。ガーリックトマトラーメンの頭文字から名付けた「GTR」みたいな。僕はショッピングモールの動向をずっと追ってきましたが、最近はショッピングモールのフードコートも廉価系ラーメンチェーンではなく、有名ラーメン職人の店を招聘するケースが目立つようになりました。そこに何か、新しい流れを感じ取っているんですが……。

――ラーメンは200~300円台の低価格帯と、高価格化が進む職人系ラーメンとの二極化が進んできましたが、最近は職人系ラーメンにもデフレ系メガ盛りメニューが登場しつつあります。それが、スープのコストを下げて、チャーシューのトッピングに注力する「肉そば」。並盛りの価格でチャーシューメンが食べられるコストパフォーマンスが魅力です。

 速水氏■90年代以降、外食産業が価格競争を進めて、ファミレス、ファストフードの単価がどんどん下がった中、ラーメンは唯一付加価値をつけて価格をキープしてきました。外食産業の大きな流れに沿う動きがガッツリ系に表出しつつある、という動向は面白いですね。

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