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  • 2014/06/27 掲載

新興国におけるBOP戦略とM.ポーターの競争戦略論の限界性

林倬史(国士舘大学経営学部教授) + 井口知栄(慶應義塾大学商学部准教授)

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ここでは、多国籍企業が展開しようとするBOP戦略において、M.ポーターの「競争戦略論(※1)」がどの程度の有効性を持ち得ているかを吟味していく。

林倬史(国士舘大学経営学部教授) + 井口知栄(慶應義塾大学商学部准教授)

林倬史(国士舘大学経営学部教授) + 井口知栄(慶應義塾大学商学部准教授)


林倬史
国士舘大学 大学院経営学研究科・経営学部 教授
立教大学 名誉教授


井口知栄
慶應義塾大学 商学部 准教授

1. 5 Forces(the Five Competitive Forces:以下、5つの競争要因)分析の前提と新興国の市場構造

 M.ポーターの競争戦略論は基本的には、マーケット・エコノミーが十分に機能する先進国型の産業組織と市場構造を前提とした産業組織論的アプローチであり、Market Structure, Market Conduct, and Market Performance、いわゆるSCPパラダイムが競争戦略論の理論的フレームワークとなっている。ここでは、市場は基本的には均質であるため、その市場を巡る競争構造を5つの競争要因(5 Forces: 売り手との交渉力、買い手との交渉力、代替品からの圧力、新規参入企業の脅威、既存企業間の競争関係)等の分析フレームワークを用いて競争上優位なポジションを見出し、それに適合した事業戦略や競争戦略の立案と展開が可能となる。こうしたM.ポーターをはじめとする経営戦略論のフレームワークはあくまで、いわゆる先進国型マーケット・エコノミーにおける既存市場をめぐる(既存・潜在)競合企業に対する競争優位性の構築戦略である。

 こうした先進国型産業組織と市場構造を前提としたM.ポーター的従来型競争戦略論を、新興国特有の社会構成体(※2)に根ざした新興国型産業組織と市場構造にそのまま適応した場合、BOP層の社会的利益に適合する市場の創造は可能なのだろうか。言い換えれば、先進国型産業組織と新興国型産業組織との本質的違い、および先進国型市場構造・企業行動と新興国型市場構造・企業行動との本質的違いを不明確にしたままで、新興国の社会的課題解決型の経営戦略論の構築は可能なのだろうか。これらの疑問点に留意しながら、従来の競争戦略論の限界と新興国に適応する新たな企業戦略論や競争戦略論の提起を試みていく。

2. 新興国市場の階層性とBOP市場

 図表1は首都マニラの中心地にある高級百貨店の「ランドマーク(LANDMARK)(※3)」で販売されている婦人用下着(ブラジャー)の価格帯を示している。図表に示されているように、フィリピンのブラジャー市場ではワコール、トリンプさらにはユニクロ(※4)等の外国籍企業が販売する1枚2,000-5,000円代の一部富裕層(TOP: Top of the Pyramid)向けから、1,000円代-2000円代のMOP上層、現地企業によるSO-ENブランドの270-700円帯のいわゆるMOP(Middle of the Pyramid)中層~MOP下層向け、そしてノーブランド(大部分は中国からの輸入品)の1枚100円ほどのいわゆるBOP層向けに至るまでの所得に応じた市場の多層性と分断性に留意する必要がある。このノーブランドのBOP層向けの場合でも、あくまで首都マニラにある高級スーパーのディスカウントコーナーで販売されている最低価格帯であり、露店で販売されているノーブランドのブラジャーではない。露店での最低販売価格帯は1枚50-100円代であると推定されうる。 

 多くのBOP層の人たちは、買い物をするために、わざわざ首都中心部にある高級スーパーのランドマークまでバスに乗って行ってまで購入したりはしない。逆に、ランドマークで買い物をするのは、MOP層以上であり、そして最高価格帯のブラジャーを購入するのはMOP上層以上であることが想定される。

画像
図表1:フィリピンのブラジャー市場に見る市場の多層性と分断性

 したがって、ランドマークのディスカウントコーナーで最低価格帯のノーブランド品を購入する女性層は、マニラ首都圏中心部で働くメイド、ハウスキーパーまたウェイトレスをはじめとする単純労働型の労働集約的職務に就く低所得の女性層であることが想定される。

 マニラ首都圏の最低賃金は2012年の改定により、1日456ペソ(約1003円:8~9時間労働で時給約111~125円)、そして首都圏の北側に隣接する中部ルソン地域の最低賃金が336ペソ(約739円:同時給約82~92円)である(※5)。多くの失業者を抱える中で、仕事につけても1日の労働賃金がほぼ10ドル、時給ベースでほぼ1ドルとなる。このことは、首都圏を離れると、1日分の給与が地場ブランドの最高価格帯のブラジャー1枚の値段にほぼ等しい。しかし、林(2012b,2012c)でも指摘したように、就業者数の約6割強が不安定就業者であるから、仕事に毎日安定して就けるわけではない。その結果、個人ベース1日1ドル以下、世帯ベース(1世帯5人)で1日5ドル以下のいわゆるBOP層の人たちの割合が、2009年時点で、政府統計でさえも、それぞれ32.9%と27.0%を占めている。こうした構図の下では、BOP層の女性たちは、ブラジャーを購入する際には、購買能力の観点からは、ほぼ1ドル以下のノーブランドブラジャー(※6)の購入を迫られることになる。

※1 M.ポーターの競争戦略論については、【連載】戦略フレームワークを理解する「M.E.ポーターの競争戦略論」(http://www.sbbit.jp/article/cont1/15737)を参照のこと。
※2 社会構成体の概念については、山田盛太郎(1984)、平野義太郎(1980)、星野 淳(1978)、S.アミン(1970)、R. スタベンハーゲン(1991)が参考になった。ただし、中国、ベトナム、カンボジア等の独自の社会主義革命を経た新興国は他のクローニー資本主義的諸国とは異質の社会構成体の理論的位置づけが必要となる。
※3 マニラの高級百貨店といえば、アヤラ百貨店であるが、BOP層から見れば LANDMARKも高級百貨店に位置づけられる。
※4 ユニクロ製品はランドマークではなくマニラ自社販売店価格。ユニクロ店もマニラ首都圏中心部。
※5 JETRO『通商弘報』(http://www.jetro.go.jp/biznews/50ef7c31e34b8)より。
※6 しかも、こうしたノーブランドの1ドル以下のワイヤー入りのブラジャー製品は、Landmarkのような高級百貨店で購入したものであっても、粗悪品が多く、使用後しばらくすると、ワイヤーが出てきてしまったり、ヒモの金具も歪んでしまうことが報告されている。したがって、露店で販売されるノーブランドブラジャーはさらに機能面、品質面で劣る可能性が高い。


【次ページ】BOP市場とセグメンテーション

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