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  • 2014/04/24 掲載

なぜ「進撃の巨人」の作中で“戦略”という言葉が使われていないのか

連載:名著×少年漫画から学ぶ組織論(5)

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「戦略」という言葉を聞いて、どのような印象を受けるだろうか?足りない資源、不確実な情報しか得られない状況であっても、天才的な発想で状況を打破する、超知的な方法論、というイメージがあるのではないか。その一方で、「実効の伴わない、絵に描いた餅」とのイメージもある。一体このギャップは何なのだろうか?実は、我々が戦略を口に出すときとのほとんどの場合では、肝心の戦略的思考というものは置き去りにされ、「何か考えがある」というムードの演出でしかないのである。

プロジェクト進行支援家 後藤洋平

プロジェクト進行支援家 後藤洋平

予定通りに進まないプロジェクトを“前に”進めるための理論「プロジェクト工学」提唱者。HRビジネス向けSaaSのカスタマーサクセスに取り組むかたわら、オピニオン発信、ワークショップ、セミナー等の活動を精力的に行っている。大小あわせて100を超えるプロジェクトの経験を踏まえつつ、設計学、軍事学、認知科学、マネジメント理論などさまざまな学問領域を参照し、研鑽を積んでいる。自らに課しているミッションは「世界で一番わかりやすくて、実際に使えるプロジェクト推進フレームワーク」を構築すること。 1982年大阪府生まれ。2006年東京大学工学部システム創成学科卒。最新著書「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」が好評発売中。 プロフィール:https://peraichi.com/landing_pages/view/yoheigoto

「戦略」という用語に宿るのは、「意味」ではなく「ニュアンス」である

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 ちょっと不思議な感じがする話だが、軍事的なギミックに満ちた「進撃の巨人」というこの作品で、「戦略」という用語は、本稿の執筆時点では一度も使用されていない。

 これは筆者の単なる推測なのだが、作者である諫山 創(いさやま はじめ)氏の確信があってNGワードとしているように思えてならない。第一巻 第一話という物語の始まりで描かれる、先輩兵士との会話にもその片鱗が漂う。

エレン また・・・飲んでる
兵士 お前らも一緒にどうだ?
エレン イヤ・・・あの・・・仕事は?
兵士 おう!今日は門兵だ!一日中ここにいるわけだからやがて腹が減り喉も渇く飲み物の中にたまたま酒が混じっていたことは些細な問題にすぎねぇ
エレン そんなんで イザって時に戦えんの!?
兵士 イザッて時って何だ?
エレン ・・・・!!何言ってんだよ 決まってんだろ!ヤツらが壁を壊して!!街に入ってきた時だよ!!

第1巻 第1話 二千年後の君へ

 「進撃の巨人」が描く戦いとは、名前の通り巨人との戦いである。しかし真の主題はそうではない。

 敵を見失い、機能しない組織において、戦略なき戦いが繰り広げられ、人々が翻弄される、それでもなお、現場の最前線の人間が、目的達成のためにあらゆる智恵を尽くす、というのが、この作品で語られるドラマのメインテーマである。設定こそ荒唐無稽だが、そこで描かれる苦労はリアリティに満ちており、私達はその苦労にこそ共感するのである。

 この作品で「戦略」という言葉が周到に排除されているのは、その「リアリティ」を担保するためではないか、と推測するのである。

 ふと視線を転じて、現実の世界を眺めてみると、新聞では、戦略という言葉を目にしないことはない。例えば2014年2月12日の日経新聞に、このような記述がある。

昨年末の安倍晋三首相の靖国神社参拝を受け、世界で日本と中国の応酬が広がっている。

(中略)中国外務省の公式文書の「靖国神社」には初出で必ず「第2次大戦のA級戦犯をまつる」という枕ことばが付く。第2次大戦に焦点を当てれば、米英仏ロなど戦勝国と同じ側に立ち、日米の結束を緩めることができる――。こんな戦略が垣間見える。

 自然に読むと、なんてことない記事だが、あえて「戦略」という言葉に着目すると、本当にここに入る用語が「戦略」でいいのか?と思える。「米英仏ロなど戦勝国と同じ側に立ち、日米の結束を緩める」というのは、一国の外交戦略というにはあまりに単純な話だ。

 表現としては、「こんな意図が垣間見える」とか「こんな思惑」程度の表現であれば違和感は生まれないと思われるが、なぜわざわざここに「戦略」という用語が使われたのか?それは、「こんな意図が垣間見える」と書くよりも、「こんな戦略が垣間見える」と書いたほうが、「われ、見抜いたり」というニュアンスが生まれるからだ。

 日常会話の場もまた、同様の現象が見られる。

 例えば、この世には「本音としてそう思っていても、その正当性を論じ尽くすのは極めて難しい議題」というものがある。事業がうまくいっていない時、本当にこのままみんなで突っ込んで大丈夫なのか、という話はその最たるものだ。

 こうしたとき、日本社会には、公式の会議の場で白黒をつける前に、喫煙ルームや飲みの席といった、半分本音、半分真面目、半分公式、半分非公式、といった場でお互いのムードや雰囲気を探りあうという習慣がある。

 そのような場で、「戦略的」という言葉が、ぽろっと漏れる。「景気もこんな感じだし、ここはあれだな、戦略的撤退しかないんじゃないの」こうしたセリフのなかで「戦略的」とはどのように意識され、発語されているのだろうか?

 ポイントは、「景気もこんな感じだし、ここは撤退しかないんじゃないの」と

 「景気もこんな感じだし、ここは”戦略的”撤退しかないんじゃないの」のニュアンスの違いだ。

 前者は何も考えてない、意気地なしに見えるが、後者には、ほんの少しだが、「何らかの考えがある」というニュアンスが漂っている。残念なのは、盛り込まれるのはニュアンスしかないということだ。本来の意味での「戦略的思考」は特に無い。むしろ無いからこそ、それを紛らわせる言葉としてこの言葉が発せられる。私達が「戦略的」と語るとき、実は「ほんとはもっと考えているんだぞ」というポーズでしかないのである。

 意味ではなく、ニュアンスだけを込める。「戦略」とは、かくも恐ろしい効果を秘めた必殺の言葉なのである。

【次ページ】「全部オレに投資しろ」と叫ぶ主人公

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