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  • 2015/10/19 掲載

新幹線の開発現場で生じた「コロンブスの卵」事例

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国土交通省による第14回「日本鉄道賞」に、北陸新幹線が選ばれた。順調に経済効果を挙げている北陸新幹線は、今後ともその活躍が期待される。およそ50年前、世界初の新しい交通機関として日本に誕生した新幹線は、現代もなお、日本経済の牽引車なのだ。それはつまり、新幹線という技術が、つねに時代に遅れを取らず、先へ先へと革新を続けていることの証拠といえよう。こうしたイノベーションは、どのように実現されているのだろうか? インダストリアルデザイナーの筆者が、その現場を語る。

インダストリアルデザイナー 福田哲夫

インダストリアルデザイナー 福田哲夫

インダストリアルデザイナー。1949年東京に生まれる。日産自動車のデザイナーを出発点として、独立後は公共交通機関や産業用機器を中心に、指輪から新幹線まで幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。特に新幹線車両では、トランスポーテーション機構(TDO)として300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」の他数々の先行開発プロジェクトにも携わってきた。ビジネスやリゾート向けの特急車両、寝台車など鉄道車両の開発プロジェクトを評価され受賞多数。現在は産業技術大学院大学特任教授・名誉教授、京都精華大学客員教授、女子美術大学特別招聘講師ほか。(公財)日本デザイン振興会グッドデザイン・フェロー。共著に『プロダクトデザイン』日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)編(ワークスコーポレーション)。次世代を担う子どもたちへ"ものづくりの楽しさ"を伝えるワークショップ活動を通じて、未来への夢を一緒に描き語りかけている。

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速度向上に必要な機能――先頭形状のデザイン

 世界に先がけて高速鉄道を実現した新幹線は、高い技術力に裏打ちされた揺るぎない信頼性を保ちながら評価されている。その中で車両の先頭形状のデザインは、速度向上に必要な機能として、次第に重要な意味をもち始めてくる。

 1964年に登場した初代「0系ひかり」号という車両は、いわゆる砲弾型を採用している。航空機がまだ空気との折り合いをつけて飛んでいたプロペラ機世代のイメージであり、その水滴型にも似た丸みを帯びた形状は、合計で3200両を超えて製造された名車両である。"団子っ鼻"という愛称で呼ばれているようだが、わたしにはむしろ、日本が世界に誇る"お蚕(かいこ)さん"の方が似合うと思うのだがいかがだろうか。

 その約20年後、0系を基本としながらも「100系ひかり」号が登場する。先端は尖りスピード感のあるカタチとなり、まさにジェット機世代に登場した"コンコルド機"をイメージさせる。編成には2階建ても組み込まれ、静かな車内に快適な乗り心地のシートなど、この100系もまた快適な車両として伝説のように語られている。

 この頃のデザインは、国鉄が企画した仕様に対して、車両メーカーからのデザイン提案があり、国鉄のデザイン諮問委員会メンバーにより、継承されてきた。

以降の車両開発に大きな影響を与えた「300系のぞみ」号

 わたしたちのデザインチームが携わることになるのは、国鉄からJRへと民営化した後すぐ、1992年に登場した「300系のぞみ」号の開発プロジェクトからだ。先頭下部の排障器用カバーも車体と一体化したくさび型とするイメージ先行型の開発は、風洞実験を経て承認されていく。それまでに蓄積されてきた安全・安定走行技術に加え、速度向上と大幅な軽量化を達成し、それ以降の車両開発に大きな影響を与えることになるさまざまな技術革新をも同時に生んでいる。

 このように300系の先頭形状は、100系が0系以来の一・五世代だとすれば、まさに第二世代へ進化したことを明快に表現した車両となった。

 新幹線車両のデザイン開発について、外部デザインチームとの本格的な恊働作業はこの300系からとなる。開発体制は、エンジニアチームの工学的知見に基づく技術と、デザインチームの感性領域からの発想によるスタイルが融合されてプロジェクトとしての"カタチ"が見えてきた時代でもあった。

 しかし、本来あるべき恊働作業の中からは具体的なシナジー効果としてその力が発揮され、車両性能を肌で感じていただくには、世紀末に登場する「700系のぞみ」号を待つことになる。

 室内を取り扱うインテリアデザインでは、安全と安定走行のための運転席と周辺機器やスイッチ類の配置までを決めていく。また乗降口、客室のしつらいからシートの座り心地、多くの要素を組み合わせ最適化を考えていく。

 さらにプロジェクトはそれらをバランスよく統合し、環境性能に優れた魅力ある車両として維持するための工夫などの検討会議が続けられていく。

 デザインはつくるときの話だけではない。定期点検を繰り返しながら、いつまでも美しく保つための技術は、何事もなかったように復元させるメンテナンス技術であり、細心の注意を払いながら作業が進められる。

 普段の利用客は目にすることがないようなところにも気配りをしてデザインをする。プロジェクトチームとは、そのような縁の下の力持ちのような存在でもある。

300系に加筆したいくつかのスケッチ

 デザイナーは、プロジェクトの課題の有無とは別に、普段から発想が生まれてきたときには、すぐスケッチなどのメモを残すクセをつけている。700系のカタチの発想につながるスケッチには、300系に加筆したいくつかのスケッチがあった。

 一枚目は300系初期の量産先行段階において線図に新たな設計要件を取り込み、部分的な修正を加えてカタチへと反映した箇所である。振り返ってみればこの発想は、機能的な処理ができたのでは…と、結構気に入っているカタチでもある。

 量産車からその造形処理がなくなっていることは少々寂しい気もするが、量産時にはオリジナルのシンプルな構成としてイメージはそのままに、運転窓の傾斜角、側面窓の最適化など、全面的な改良と調整が加えられている。

 もう一枚は300系のくさび型に可変翼を付けた進化型のスケッチであり、安定走行をめざし700系登場を暗示させるメタファーとして概念の形成に役立ったのでは…。

 そしてこの2枚のスケッチに前後して、陽の目を見ることのない大量の進化型スケッチが加えられ、次世代型である700系新幹線のアウトラインができあがっていく。あの台車周辺に膨らみの特徴があるデザインとして開発につながったのである。

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 このカタチは風洞実験にかけられ、要求されている走行騒音値を下げるだけではなく、長年の技術課題であった高速走行に伴う蛇行動などの横揺れも抑えることにつながっていることは、先述の通りである。

 後になって知ったことは、エンジニアたちの努力で台車や車体間ダンパーなど、工学的アプローチによる技術課題の克服も、同時期のこのプロジェクトにおいて解決できたということである。

 たまたまとは思えない、発想の数々が一斉に孵化(ふか)した不思議な瞬間でもあった。

【次ページ】 イノベーションを生み出すために必要なこと

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