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- 2016/03/25 掲載
野村克也流マネジメント 部下が職場を去った後を思いやる「人間としての教育」とは
1935年生まれ。京都府立峰山高校を卒業し、1954年にテスト生として南海ホークスに入団。現役27年間で、歴代2位の通算657本塁打、戦後初の三冠王など、その強打で数々の記録を打ち立て、不動の正捕手として南海の黄金時代を支えた。「ささやき戦術」や投手のクイックモーションの導入など、駆け引きに優れ工夫を欠かさない野球スタイルは、現在まで語り継がれる。70年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、四球団で監督を歴任。他球団で挫折した選手を見事に立ち直らせる手腕は「野村再生工場」と呼ばれる。 ヤクルトでは「ID野球」で黄金期を築き、楽天では球団初のクライマックスシリーズ出場を果たすなど輝かしい功績を残した。インタビュー等でみせる独特の発言は「ボヤキ節」と呼ばれ、 その言葉は「ノムラ語録」として野球ファン以外にも親しまれている。
プロ野球選手に必要な「人間教育」
2015年、巨人のCSでの巻き返しが期待された最中、福田聡志の野球賭博の問題が発覚した。この事件は笠原将生、松本竜也の3人が関与し、11月に入ってから3選手の契約解除が申し渡されたが、あってはならないことだった。さらに、今年2月に入って、西武、巨人などで活躍した清原和博に関する衝撃的な報道があった。清原には去年、銀座で偶然出会った。向こうからあいさつに来るし、礼儀正しいきちっとした人だと思っていただけに、今回の件はとても残念でならない。
だが悲しいかな、プロ野球選手は小さい頃から人間関係のなかで揉まれ、苦労していないがために、そうした善悪を見分ける目を持っていない。
だからこそ、私は監督時代、徹底的に人間教育を施した。選手を指導、教育していたのは目先の勝利のためではない。プロ野球選手の現役時代など、人生の長さからすればたかが知れている。
ましてや巨人には、正力松太郎氏が残した「巨人軍は紳士たれ」という憲章がある。それは「皆の模範にならなければならない」ということだ。
昨年の巨人の件を見るにつけ、当時の原監督は人間教育をやっていなかったことが一目瞭然だ。事実、原の周辺から人間教育に関するミーティングをやっていたなどという話は、一度たりとも聞いたことがない。足掛け12年も監督を務めながら、いったい何を教えていたのだろう。
【次ページ】人間的に成長しなければ、仕事の技術も伸びない
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