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  • 2016/09/06 掲載

ARMを買収したソフトバンク帝国と、米Yahoo!を買収したベライゾン・AOL帝国の攻防

神田敏晶の歴史で読み解くシンギュラリティ時代

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2016年7月25日、米通信会社のベライゾン・コミュニケーションズは、米Yahoo!を48億ドル(約4,800億円)で買収することで合意。かつての米Yahoo!の時価総額は1,250億ドル(約12.5兆円)だった──つまり全盛期のわずか3.8パーセントの価値での買収だ。一方、2016年7月18日、ソフトバンクは英ARMを243億ポンド(約3.3兆円)で買収することを発表。ARMの年商ベース1,791億円で18.4年分、利益ベースの578億円では57年分という、かなり割高に感じる投資額となる。この2つの買収劇に秘められた因果関係を紐解いていきたい。

ITジャーナリスト 神田 敏晶

ITジャーナリスト 神田 敏晶

ITジャーナリスト、KandaNewsNetwork代表。神戸市生まれ。ワインの企画・調査・販売などのマーケティング業を経て、コンピュータ雑誌の編集とDTP普及に携わる。1995年よりビデオストリーミングによる個人放送局「KandaNewsNetwork」を運営開始。早稲田大学大学院、関西大学総合情報学部で非常勤講師を兼任後サイバー大学客員講師、ソーシャルメディア全般の事業計画立案、コンサルティング、教育、講演、執筆、政治、ライブストリーム、活動などを行う。


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皮肉にも同じ「ヤフー」の暖簾を持つことになった両社

ベライゾンの親はベビーベル、祖父はAT&T。そして今は宿敵の関係

 米国近代産業史は、IT企業買収の歴史とも言えるだろう。日本ではあまり馴染みのないベライゾン・コミュニケーションズ(以下、ベライゾン)という会社も、米国の通信業界の規制と入札制度によって複雑に入り込み、いくつもの買収の上で誕生した会社だ。

 1885年、グラハム・ベルが興したベル電話会社がAT&T(The American Telephone & Telegraph Company)となり、米国すべての電話市場を長らく独占していた。しかし1984年に分割され、AT&Tは長距離のみの電話会社となり、地域電話は7社の通称「ベビーベル(Bebybell)」へと別れた(アメリテック、ベル・アトランティック、ベルサウス、ナイネックス、パシフィック・テレシス、サウスウェスタン・ベル、USウエスト)。

 ベビーベルの分割から13年後の1997年、ベル・アトランティックがナイネックスを買収し、2000年にはGTEと合併。「ベライゾン・コミュニケーションズ」となった。AT&Tは長距離専門となり、長距離からは「MCI(現・ベライゾン傘下)」や「スプリント(現・ソフトバンク傘下)」などが誕生し、現在の通信市場を形成している。

 元は同じ会社(AT&T)だったのが分割され、そして買収につぐ買収で複雑に絡まり合い、現在の敵対関係となっているということだ。同時に電話通信会社は通信キャリアだけではなく、CATVサービスやインターネットサービスいう領域にまで関与し、さまざまなサービスの垂直水平の統廃合が常に繰り返されている。

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複雑に入り組んだ買収関連図。垂直統合と水平統合を目指して企業同士の臨界点が新たなシンギュラリティ的な買収が発生している

世紀の大失敗に終わったAOLとタイム・ワーナーの合併

 ベライゾンは米Yahoo!の買収に先駆け、2015年にAOLを買収している。パソコン通信の時代から接続サービスを提供していたAOLもまた、大型合併を繰り返してきた企業だ。まず思い出されるのは、2000年に1,640億ドル(約16.4兆円)の合併を果たしたAOLタイム・ワーナーだ。映画メディアや雑誌メディアを抱えるタイム・ワーナーとネット企業の寵児だったAOLの合併は、新たなメディア時代到来の夢を見せた。AOLはすでに、ライバルのコンピュサーブの買収(1997年)、そしてブラウザ戦争でマイクロソフトのInternet Explorerに敗れたネットスケープを420億ドル(約4.2兆円)で買収(1998年)と、20世紀末を賑わせていた。

 特にネットスケープは、Webサーバとして米Yahoo!をサーバー面でサポートしてきたいわば親代わりのようなもの。また米Yahoo!は検索エンジンとしてGoogleを育てきた親代わりである。シリコンバレーは常に、親を踏み越えて、成長していく「親殺し」の歴史を繰り返し続けている。何度も歴史か繰り返される。

 しかしAOLタイム・ワーナーはITバブル崩壊以降の不振が続き、2003年には、AOLはタイム・ワーナーと分離することとなった。

ベライゾンはなぜ「枯れたブランド」のAOL、米Yahoo!を買収したのか?

 タイム・ワーナーと分離したAOLだが、2010年にベンチャー&アントレプレナーメディアの「TechCrunch」を2,500万ドル(約25億円)で買収、2011年にオピニオンメディアの「Huffington post」を3.15億ドル(約315億円)で買収するなど、メディアを次々と傘下に収める。AOLは会員制のASPビジネスから、コンテンツメディアへのネット広告へと力を注いでいた。

 そしてベライゾンは、AOLを44億ドル(約4,400億円)で2015年に買収している。ベライゾンも成熟化してくるスマートフォン市場においては、ARPU(Average Revenue Per User:通信事業者の1契約あたりの売上)を追求する、AOLと同じく広義のASPモデルであった。しかし、料金は普及すると必ず下降の道をたどる。そこはAOLを買収することによって、付随する「Huffington post」や「TechCrunch」、ガジェットメディアの「engadget」、映画情報の「ムービーフォン」という新たなメディアビジネスを入手できることによって減衰をカバーしうると考えたのだろう。

 そしてついに2016年、ベライゾンは米Yahoo!をAOLと同クラスの48億ドル(約4,800億円)での買収に合意する。これで、ネット広告の世界では、Google、facebook、ベライゾンというなんとか3番目にたどりつくことが可能となった。AOLも米Yahoo!も世界中で知られたブランドでありながら、底値に近い価格で買収することができるいわば、「枯れ切ったブランド」であった。

 しかも、ブランドスイッチをしない保守的なユーザー層がメインユーザーだから手堅い。新しいことにアグレッシブにでない保守的なユーザーを抱えることによって、減衰していく期間を1日でも長く囲いこむことが可能となったのだ。これは通信キャリアとしても、同一キャリアで、おとなしくしてもらえるユーザーは大変魅力的なのと同じだ。また、ベライゾンは通信キャリアであるだけでなく、インターネットとTVのプロバイダーでもあるから、保守的なユーザーは大歓迎なのだ。

【次ページ】 ヤフーという同じ暖簾の下、「敵に塩を送る」ハメになったソフトバンク

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