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2016年10月21日

電通だけが問題ではない、新人社員の「ポテンシャル」は誰が引き出すべきか

国内最大手広告代理店の電通に入社した新人社員の自殺が過労によるものだと認定されたニュースが話題となり、重大な社会問題として取り上げられている。これは間違いなく、日本の新卒一括採用慣行における問題が最悪の形で引き起こした事例である。実はこの問題、多くの新卒者が同じ事態に直面している。そこには、日本の組織における実に回りくどくて歯がゆい話が横たわっている。

執筆:人材・組織コラムニスト 後藤洋平

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新卒ポテンシャル一括採用が引き起こす問題とは


新卒ポテンシャル一括採用が引き起こす「こんなはずではなかった」

 この世の中はありとあらゆる「こんなはずではなかったこと」が満ちあふれているものであるが、中でも新卒ポテンシャル一括採用は、特に事前、事後のギャップが大きいイベントの一つである。

 終身雇用という概念が見直され、転職が当たり前になってきたとはいうものの、現在の日本の雇用制度においては「正社員」は「無期雇用契約」であって、正社員として雇用契約を交わすことは、非常に大きな意味を持っている。特に新卒一括採用という「はじめての就職」は、採用する側にとっても、される側にとっても、いまだに特別な意味を持っている。

 言うまでもないことだが、採用する側の企業にとって、人材採用は継続的に成長するための超重要事項である。ゆえに様々に工夫を凝らしたエントリーシートや何度もの面接を通じて、慎重に審査されるわけだが、しかし少し考えると、たかだか数時間の対話によって、「本当にその人が、その環境でパフォーマンスを発揮できるか」などということを判断するのは、絶対的に不可能な話である。

 一方、採用される側である若者の採用活動を困難にしているのが、「ポテンシャル」という大いなる難題である。新卒者とは、そもそも業務経験が少なく、これまでの実績に照らし合わせて今後の見通しを立てる、ということはできない。だからこそ、ミスマッチを起こさないよう、一生懸命、あちらは事業の見通しや企業ビジョンについて説明し、こちらは自身のやりたいことについて語り、それはそれはものすごい量のコミュニケーションを重ねる。

 しかし、どんな仕事が待っていて、どんな経験を積むことができて、どんな能力が開発できて、どんなパフォーマンスが発揮できるようになるのかという、肝心な部分だけは語られることはない。

 実際に業務経験を積むことによって、見違えるほど優秀な人材が育成されることがある、という話を見聞きしたことはあるだろう。新卒ポテンシャル一括採用された時点では右も左も分からなかった若者が、たった数年の歳月によって一人前のビジネスパーソンになる。それはいつの時代にあっても、感動的なエピソードである。

 しかし、目の前のその人物が、本当に能力開花するのか。それは本人にも、受け入れる組織にもわからない。可能性を期待しての採用であるから、「ポテンシャル」の名のもとに、こうした慣行が成立しているわけであるが、新卒一括採用における「こんなはずではなかった」現象は、こうした事情によって、世に頻発することになるのであった。

新卒一括採用マーケットの歪みが社会にもたらす「ムダ」

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 若者の採用活動をさらに困難にしているのが、「新卒者は、お好きな企業にエントリーし放題」という状況だ。

 リクルートワークス研究所が行った調査によると、2017年の大卒求人倍率は1.74倍だそうだ。求人ポストのほうが求職者の倍近く存在している、ということである。一方で、リクナビネクストに代表される、新卒者向けのナビサイトでは、求職者に対して、最低100社はエントリーしよう、との指南が語られる。

 希望者の全員が新卒ポテンシャル一括採用されてもポストが十分余っているような状況で、一人あたり100社エントリーという発想は、極めて異常な事態であると言わざるをえない。社会全体としてみると、採用者もエントリー者も、壮大なムダを発生させているのである。

 それが一体なぜかというと、多くの学生のエントリーが人気企業に集中していて、その領域では、実質的に、100倍近い競争率となっているというだけの話である。

 採用者からすると、先述した通り、適合するキャンディデイト(候補者)を選別する方法論は、原理上、有していない。一方のキャンディデイト側からすると、エントリーすること自体はコストはまったく発生しない。そうであるならば、手当たり次第に興味がある企業へエントリーして、そこから考えようという戦略が当然選択され、結果、「最低100社はエントリーしよう」などという不思議な慣習が定着している、というわけだ。

 さて、この「ポテンシャルが開花するかどうか、事前には誰もわからない」ということと、「新卒者のエントリーが極端に少数の企業に偏る」ということ、この二つの事情が重なり合うことで、奇妙な現象が発生してしまっている。

 まずそもそもの筋合いからいって、「ポテンシャルを考慮して採用する」という形式をとる以上は、新卒者の能力開発に責任を負うのは、一義的には企業の側にある。ゆえに「個人のポテンシャルを引き出すのは、組織におけるマネジメント側の責務である」という考え方も、同時にこの社会においては当然のこととされている。日本企業でも、いわゆる大企業においては、研修の名のもとで様々なトレーニングメニューが用意されている。

 しかし実際のところ、どれだけ手厚い研修を段取りしたところで、この世の根本原理としては、「目の前のその人物が、本当に能力開花するものなのか、どうなのか。それは本人にも、受け入れる組織にもわからない、神のみぞ知る領域である」である。

【次ページ】新人社員の能力開発は、誰の責任でなされるべきか

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