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2017年03月15日

『オムライスの秘密 メロンパンの謎』著者

日本の食文化を探る澁川祐子氏に聞く、「ググればわかる」で思考停止しない情報収集術

『オムライスの秘密 メロンパンの謎』(新潮文庫)は、2013年に刊行された『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)を改題・加筆修正して文庫化したものだ。二つの書名が示す通り、外来の食べ物がいかにして日本の食卓の「定番」となっていったのか、その歴史を幕末や明治時代の文献から辿り、埋もれた真実に迫った労作である。本書から見えてくる、定番化の条件とは? そして日本人の食への探究心はどこから来るのか? 著者に話を聞いた。


重要なのは、ずばり「ごはんに合うか」

──外来の料理が日本に定着するにはいくつかの条件があると思われます。澁川さんは何が重要だと思われますか?

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『オムライスの秘密 メロンパンの謎』

澁川祐子氏(以下、澁川氏):一つは、やっぱりごはんとの相性ですよね。つまり、カレーや餃子、オムライスなどがその好例ですが、日本人の主食であるごはんのお供になるか、あるいはごはんにかけられるか、混ぜられるか否かが、その料理が日本で生き残って大衆化していくうえで非常に大きなポイントになっていることは明白です。もう一つ、私は食感もポイントだと思っていて。

──食感ですか?

澁川氏:はい。日本人はわりとふわふわ、もちもちした食感が好きですよね。たとえばショートケーキは、もともとはビスケットのような生地に砂糖を振った苺や生クリーム挟んだものだったのが、日本で普及する過程でその生地がスポンジに置き換わっていきます。それは、日本人がもともとカステラに親しんでいたからだと思うんですよ。

──なるほど。

澁川氏:あるいはナポリタンは当初、いわゆるアルデンテではなくて、わざわざ一度茹でた麺を寝かして柔らかくしています。これも、日本人に馴染みのあるうどんの食感に近づけようという工夫が生んだ調理法です。で、日本人がこのような柔らかい食感を好むのも、やっぱり主食であるごはんの食感に慣れ親しんでいるからではないかと。

とんかつはなぜあんなにも“和食”感があるのか

──未知の料理を、既知の食感に寄せることで受容のハードルを下げているわけですね。そうやって定番化したメニューの中で、澁川さんが特に「うまくやったな!」みたいに思うものはありますか?

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澁川 祐子氏

(©Shinchosha)

澁川氏:色々とありますが、強いて挙げるなら、とんかつでしょうか。いうまでもなくとんかつは肉料理ですが、日本で肉食が公に解禁されたのは明治時代以降です。とんかつは洋食由来の比較的新しい食べ物のはずなのに、ずっと前から和食づらをしているような気がしません?

──はい。カレーやコロッケなどと比べると、圧倒的に和食感があります。

澁川氏:とんかつのルーツを探るとカツレツに行き当たります。カツレツって、薄めのお肉を使っていることが多いですよね。それをあんなに肉厚で柔らかい、箸で食べられる料理にまで進化させたのは、驚くべきことです。

──かつ、味噌汁と組み合わさって、ごはんのオカズとしても成立します。

澁川氏:それもすごく大きいんですけど、やっぱり調理法がキモだと思うんです。要するに、もともとも薄く切った豚肉をソテーしていたカツレツを、天ぷらをヒントに揚げ物にしたわけです。あと、カツレツが肉自体にしっかり味付けがされているのに対し、とんかつは素材そのものの美味しさを楽しむもので、これも天ぷら由来の食べ方ですよね。そのあたりも非常に日本的で、ゆえにあそこまでの和食感があるのだと思います。最初はまったく違う食べ物だったのに、うまいこと日本流にアレンジしたなと思います。

“辺境”の国だから生まれた、食の独自性

──外来の食べ物を自国流にアレンジして普及させるというのは、なにも日本に限ったことではないと思われますが、日本における先人たちの食に対する貪欲さって、どこから来るのでしょう?

澁川氏:こういう言葉がふさわしいかわからないんですけど、日本が“辺境”の国であったことが関係しているのかなと思います。つまり、自分たちは世界の中心に位置しておらず、常に先進国はよそにあるという感覚を持っていた。だから外来の文化も積極的に取り入れようとしてきたわけですし、それは食に対しても同様なのではないかと。

──極端にいえば、遣隋使や遣唐使などの大昔から続くような、文化を摂取する歴史があるという……。

澁川氏:それに加えて、辺境であるということは、すなわち本場とのあいだに物理的にも情報的にも距離があることでもあります。だから、ある料理は本場ではトレンドに合わせて刻々と変化しているのに、日本ではそれが最初に伝わった状態を正統的、ないしオリジナルなものとみなして、そこは固定化されたまま日本独自の進化を遂げていく。日本に伝来した時点で本場のものと枝分れして、結果的に本場とはかけ離れたものになっていくのではないでしょうか。

本場とかけ離れてしまったから、本場の再登場に驚く

──いまと違って、明治や大正の人々は本場の最新情報にキャッチアップすることはできなかったわけですからね。ゆえに日本の洋食はいわゆるガラパゴス的な進化を遂げたと。

澁川氏:そういうことですよね。だから、より情報化が進んだ80年代から90年代にかけて、本場イタリアのパスタや本場インドのカレーが目新しさをもって迎えられたのだと思います。どちらもとっくの昔に日本に伝わっている料理なのに。カレーの日本伝来に関してはイギリスを経由しているので、少し事情が違いますが。

──僕も初めてナンでカレーを食べたときは衝撃を受けました。

澁川氏:私もです。あと、日本の洋食における二大ソースって、ホワイトソースとデミグラスソースだと思いますが、いずれも小麦粉とバターを使った重いソースですよね。これは、それらソースが日本に入ってきた明治期に、たまたま本場のフランスで重いソースが主流だったからなんです。それ以後のフランスではどんどん軽い方向に変わっていっていくのですが、日本では重いソースが洋食という一つのジャンルとして定着しました。

──まさに伝来当時の姿のまま固定化されたケースですね。

澁川氏:この重いソースは、あんかけに近いので日本人の舌に馴染みやすかったんでしょう。だからデミグラスソースはごはんと結びついてハヤシライスに進化していきましたし、ホワイトソースも、ごはんとの相性でいえば賛否両論ありますけど、クリームシチューとして食卓に上るようになったのではないかと。

──とりわけクリームシチューは、戦後の学校給食でカルシウム不足を補うために脱脂粉乳が盛んに用いられていたことで生まれた、日本の発明料理ではないか、という指摘が非常に面白かったです。

澁川氏:そう考えないと説明がつかないくらい、クリームシチューに関しては文献が少ないんですよね。あるいは、食べ物ではないですけど、お茶も発明料理なのかもしれません。日本の抹茶は鎌倉時代に中国から入ってきたものですが、それ以降、茶道という“道”として極められていきます。でも、中国ではその後、挽いたお茶は手間がかかるということで茶葉のお茶に切り替わっていくんですね。一方で日本では、抹茶が「茶道」という芸事になって残り続け、茶葉のお茶である煎茶は庶民のものとして広まっていく。本来、抹茶と煎茶に上も下もないはずなのに、抹茶のほうが高尚なイメージがあるという点からも、伝来した当時の姿を大事にする傾向は見てとれますよね。

【次ページ】 「ググればわかる」時代だからこそ、紙の資料にあたる

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