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2017年05月15日

諫早湾「ギロチン」から20年、深まる混迷と対立でいまだ出口見えず

「ギロチン」と呼ばれた潮受け堤防が、長崎県の諫早湾を分断して20年。国内最大級の干潟が農地に変わる一方、有明海では漁獲量の低迷が続く。堤防の開門調査差し止めを命じる4月の長崎地裁判決に対し、国は控訴せず、開門しない方針を示したが、福岡高裁が出した開門調査を命じる判決が既に確定、相反する司法判断が存在している。横浜国立大大学院の宮澤俊昭教授(民法)は「国が開門しない立場を明言した以上、主体的に紛争解決へ道筋をつける責任が生じた」、成蹊大大学院の武田真一郎教授(行政法)は「開門調査で事業を検証しなければ必要な対策ができない」と指摘する。有明海を覆う異常事態の出口は見えない。

執筆:政治ジャーナリスト 高田 泰(たかだ たい)

食糧難時代の計画が世紀をまたいで完成

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長崎県諫早市にある諫早湾

 293枚の鋼板が次々に海底に落とされていく。その間、わずか45秒。1997年4月、全長7キロの潮受け堤防のうち、最後の1.2キロが締め切られた瞬間だ。鉄の水門が海に突き刺さる様子は、ニュース映像で「ギロチン」と形容され、全国に衝撃を与えた。

 有明海の内海に当たる諫早湾では、1950年代から干拓構想が持ち上がり、国営諫早湾干拓事業が世紀をまたいだ2007年に完成した。堤防内の3,500ヘクタールに干拓地と調整池が設けられている。うち農地は670ヘクタール。総事業費2,530億円が投じられた。

 2016年度は40の法人や個人が玉ネギやジャガイモ、ミニトマトなどを栽培している。干拓農地の農業生産高は2015年度で30億円を超えた。

 構想当時は戦後の食糧難の時代。諫早干潟を水田に変えるのが目的だった。しかし、米余りの時代が到来する。計画面積は当初の1万1,000ヘクタールから3分の1に縮小されたものの、目的はいつの間にか水害や塩害防止に変わっていた。

 古い計画が目的を変えながら、ひたすら完成だけを目指す止まらない公共事業と化したわけだ。有明海の環境悪化を懸念する声は早くから上がっていた。しかし、その声は届かなかった。

かつての豊饒の海、貝類などの漁獲量は急減

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諫早湾干拓事業をめぐる主な動き

 諫早干潟は国内最大級の干潟で、ムツゴロウなど多くの生き物をはぐくみ、渡り鳥の渡来地となっていた。干潟が水を浄化し、豊饒の海と呼ばれた有明海を支えてきたともいわれていた。

 だが、ギロチンからすぐに異変が有明海を襲う。ノリ養殖が2000年、大規模な色落ち被害に見舞われ、販売枚数が前年より4割近く減少して約23億枚まで落ち込んだ。魚類の漁獲量は1987年に1万3,700トンあったのに、閉め切り翌年の1998年は6,800トン、2014年は最盛期の2割に満たない2,600トンでしかない。

 貝類の漁獲量落ち込みも深刻だ。ピーク時の1976年には11万1,300トンを記録していたにもかかわらず、1998年は1万5,400トン、2014年は4,400トン。中でも高級二枚貝のタイラギ漁は現在、5季連続の休漁を余儀なくされている。

 二枚貝の死因とされる貧酸素水塊の発生や潮流の変化も相次いで指摘された。漁業者や環境保護団体はギロチンが原因と主張し、国に開門調査を求めている。これに対し、営農者らは「開門すれば農地に水害や塩害が出る」と反発してきた。

 「有明海の潮流変化は諫早湾干拓以前の地形変化の影響が大きい」「有明海奥部の貧酸素水塊発生は筑後川から流入する栄養塩を利用して植物プランクトンが増殖したことが関係している」など干拓事業と有明海の環境変化の因果関係を疑問視する研究結果も明らかにされた。その結果、原因を確定できないまま、時間だけが流れている。

 日本野鳥の会は「有明海の自然環境は価値が高い。国は直ちに環境の再生へ手を講じるべきだ」、WWF(世界自然保護基金)ジャパンは「湿地の再生は海外でも進められている。保全だけでなく回復の実施も今後、検討してほしい」と現状を憂慮している。

【次ページ】有明海再生に求められる国のリーダーシップ

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