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2017年05月30日

野村克也氏が語る「努力がムダ」になる理由

仕事でがんばった分だけ評価され、報われるという人もいる一方で、どんなにがんばっても、認められない、評価されないという人もいる。両者の違いはどこにあるのだろうか。野球評論家の野村 克也氏は、「『努力』と一言でいっても、ムダな努力とそうでない努力がある」と語る。同氏に「評価につながる努力の仕方」を聞いた。


目的のない努力ほどムダなものはない

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野村 克也
1935年生まれ。1954年にテスト生として南海ホークスに入団。1970年の南海でのプレイングマネージャー就任以降、延べ4球団で監督を歴任。インタビュー等でみせる独特の発言はボヤキ節と呼ばれ、その言葉はノムラ語録として多くの書籍などで野球ファン以外にも広く親しまれている。

 野村氏は監督時代、ミーティングで繰り返し選手に言った言葉があった。

「目的のない努力ほど、ムダなものはない」

 プロの野球選手はみんな目的意識を持って練習に取り組んでいると思っている人もいるだろうが、「ただバットを振ったり、数多く投げるだけで明確な意図のない練習をしている選手は意外と多い」のだという。しかも、これは何も今に始まったことではなく、昔からだというのだ。

 明確な目的意識を持って野球に取り組んでいるかどうかは、練習している姿を見れば一目瞭然だ。

「たとえば右打者が打撃練習に取り組んでいたとする。打撃投手が投げてくるボールをすべて思い切りレフト方向に引っ張っているのは、打者が単に気持ちよく打っているに過ぎない。ではいざ真剣勝負の試合になったときに、相手投手が打撃練習のときと同じようなボールを投げてくるかといえば、そんなことはまずありえない。相手は打ち取ろうと思って必死に投げてくるし、練習のときと同じような会心の当たりが飛ばせるかなんて、10打席立って1回あるかないかだ」

 プロ野球選手の大半は、打撃練習が好きだという。投手のボールをバットの芯でとらえ、遠くに飛ばしたときの快感こそが、打撃の醍醐味であると感じているからだ。

 だが、練習のときからいい当たりを飛ばしていたからといって、必ずしもそれが試合の結果につながるわけではない。投手は相手の苦手なコースを攻め、捕手は「いかに打ちとろうとするのか」と配球に腐心するからだ。

努力は正しい方向性でしなければ報われない

 野村氏は次のような練習は有効だと語る。

「もし打者が、センターから反対方向を中心に打っていたら話は違ってくる。試合でヒットエンドランをイメージして練習しているとも考えられるし、試合で投手に厳しいところを攻められたときの対処法に取り組んでいるのかもしれない。いずれにしても、何らかの目的意識を持って練習していることだけは明らかだ」

 現在、埼玉西武ライオンズで一軍野手総合コーチを務める橋上 秀樹氏は、ヤクルトでの現役時代、春季キャンプ中のフリーバッティングで気持ちよく引っ張ってレフトスタンドにポンポン打球を打ち込んでいた際、当時の野村監督からこう指摘されたという。

「王(貞治)はバットをひと握り余らせて868本。オレはバットをふた握り余らせて657本。お前さんはバットを目一杯持って、これまで何本ホームランを打っているんだ?」

 橋上氏は胸を張れるような実績もなければ、ホームランバッターでもなかった。この言葉を聞いたときに、「バットを短く持って、確実にボールを当ててゴロを転がすこと」こそが、自分自身の特徴であり、チームに求められた役割なんだと気づいたそうだ。

 その後はフリーバッティングで気持ちよく打つことを止め、確実性を高めるため、バットを短く持ち、右打ちをしたり、あるいはヒットエンドランやバスターエンドランをしたりと、細かいサインプレーにも対応できるよう技術を磨くことで、試合に出場するチャンスをグッと増やしていった。


【次ページ】仕事に潜む「間違った努力」を正す方法とは

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