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  • 2018/05/01 掲載

トヨタは水素ビジネスの「オワコン化」を防げるか 低コスト燃料電池車(FCV)の勝算

連載:クルマの進化が変える社会

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欧州自動車メーカーのディーゼルゲートによってEVへのシフトが加速しつつある昨今、クルマの環境性能への要求がより厳しくなっていく傾向にありながら、忘れられた存在になりつつあるのがFCV(燃料電池車)である。だが今年2月、FC EXPO(国際水素・燃料電池展)という展示会を訪れてみて、燃料電池に関する認識を改めさせられた。いよいよ燃料電池需要の高まりが到来しそうな勢いを感じたのである。

自動車ジャーナリスト 高根 英幸

自動車ジャーナリスト 高根 英幸

1965年、東京都生まれ。芝浦工業大学工学部機械工学科卒。理論に加え実際のメカいじりによる経験から、クルマのメカニズムや運転テクニックを語れるフリーランスの自動車技術ジャーナリスト。最新エコカーから旧車まで幅広くメカニズムを中心に解説を行っている。WEBでは『日経テクノロジーonline』(http://techon.nikkeibp.co.jp/)や「MONOist」(http://monoist.atmarkit.co.jp/)、『Response』(http://response.jp/)などに寄稿。近著は『カラー図解エコカー技術の最前線』サイエンス・アイ新書)。『図解カーメカニズム パワートレーン編』(日経BP社刊)日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。

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FCVでもプリウスのヒットを再現できるか。ミライに続くトヨタの低コストFCVと、生産効率を高めた水素ステーションが一気に水素社会の実現を招く
(©chombosan - Fotolia)


忘れられた存在になりそうなFCV、水素ビジネスは「オワコン」?

 「究極のエコカー」としてトヨタ・ミライが発売されたのは2014年のことだ。ハイブリッドの特許が切れ始めることもあって、ライバルメーカーたちへのアドバンテージが薄らぐ懸念もあり、いち早くFCVを量産化して技術力をアピールする必要があったのだろう。しかし、まったく新しいインフラを必要とする乗り物の普及には、いささか性急過ぎた感もあった。

 水素は分子が非常に小さく、軽い水素を閉じこめておくための技術、さらには高圧で貯蔵して航続距離を伸ばす対策など、FCVが抱える問題点をクリアするためにグループ会社を総動員して開発にあたり、見事に量産化を実現した。その企業努力と技術力は称賛に値する。

 それでも従来のエンジン車やEVとも全く異なる構造のFCVはトヨタ方式をもってしても効率化は難しく、13人の熟練工が手作りするため1日3台を生産するのが限界だった(それを考えると723万円という価格は、まったく採算の取れない赤字事業であることが分かるだろう)。

 FCVはその価格が高額であること(実際には購入すると200~300万円の補助金が給付される)よりも、水素ステーションの拠点数の少なさが普及への障害となっているのは明らかだった。ガソリンスタンドに比べて4倍以上と言われる水素ステーションの建設費用と厳しい安全基準は、EVの充電スタンドよりもはるかにハードルが高い。

 そのため、「FCVは補助金制度が終了したら消えてなくなる」と思っている人も少なくなかった。ここ1、2年はすっかり露出も減って、プラグインハイブリッド自動車(PHV。外部電源から充電できるタイプのハイブリッド自動車)こそがエコカーの本命とされる風潮さえ流れていた印象であった。

 ところが東京ビッグサイトで開催された「FC EXPO」(国際水素・燃料電池展)の会場内を取材する内に、そんな”FCVオワコン(終わったコンテンツ)説”は間違いだという気にさせられたのだ。

FC EXPOで会場の熱気に驚き、充実した出展内容を知って納得

 まず来場者の密度と熱心に見て回る様は、同時開催されていたバッテリージャパン、PVジャパンと比べても、ひときわ多いように感じられた。そんな会場内の熱気ぶりに、まず驚いた。次に、各ブースを見て歩いて、さまざまな理由から水素社会の実現が近づいていることを実感させられた。

 東京R&Dは関連会社のPUES EVと共にFCトラックを製作し、福岡市で実証実験を始めることを発表していた。モーターは自社製だが、燃料電池スタックはカナダのHYDROGENICS社製だ。自動車メーカー以外でFCVを日本の公道で走らせるのはこれが初めてのことだろう。

 巴商会は韓国のILJINコンポジット社製のタンクにイタリアOMB SALERI社製のオンタンクバルブを組み合わせたFCV用のボンベを今春から発売する予定だ。さらには水酸化ナトリウム溶液を用いたアルカリ水電解式水素発生装置もイタリアから輸入するが、日本での従来の半額で販売できるという。

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韓国ILSIN製コンポジット社製の高圧タンク。樹脂製のインナーをCFRP(炭素繊維強化樹脂)、GFRP(ガラス繊維強化樹脂)で覆いコストを抑えつつ70MPaの高圧貯蔵を可能にしている。他社でもGFRPを併用することで低コスト化が進んできた

 同社の技術本部 新事業研究室 水素・環境推進課の鈴木 信夫氏によれば、国産で生産されているFCV用の部品はほとんど流通していない、という。それはそもそも流通していないから自社開発しているケースがほとんどだからだが、そうした限られた環境もようやく変わりつつある。

 また「FCVには、高圧の水素ボンベを用いなければならない」という”誤解”もFCVの普及を阻害しているように思う。

圧縮するだけが保管方法ではない

 確かに、トヨタ・ミライ、ホンダ・クラリティ フューエルセルといったFCVは70MPaの圧力に耐えられる高圧ボンベを搭載している。そのため1度の充填でおよそ650kmの航続距離を実現できているのだが、ここまでの高圧ボンベを搭載しなければならないと義務付けられているワケではない。水素を充填する水素ステーションの普及が進めば、航続距離が短くても実用性を確保できるようになる。

 さらに圧縮するだけが保管方法ではないのだ。液化するのは極低温を維持する冷却の問題があるから難しいが、水素吸蔵合金という選択肢がある。不思議なことに水素は圧縮したり冷やして液化するよりも、多孔性の合金に吸着させた方が体積あたりの貯蔵密度は高くなる。70MPaの高圧ボンベと比べても、およそ2倍の水素をため込めるのだ。

 水素吸蔵合金を詰めたボンベは、水素を貯蔵している状態でも圧力は1MPa以下だ。それでも水素は可燃性のガスであることに変わりはなく、安全対策は欠かせないが、超高圧のボンベと比べれば、その管理はずっと易しい。

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水素吸蔵合金と、それを内蔵したボンベ。ボンベは小型ながら、内部にニッケルやアルミニウム、ランタン、コバルトなどの合金を粉末状にして詰めているため、水素の充填量に関わらず結構な重さとなる

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台湾のAPFCTが日本に持ち込んだ水素吸蔵合金を使ったカートリッジとFCスクーター。スクーターのシート下にカートリッジを内蔵し、工具を使うことなくハンドルを捻るだけで脱着できる。ガソリンスタンドやコンビニエンスストアなどにカートリッジの交換スタンドを設置するシステムだ
 台湾のAPFCTは水素吸蔵合金を用いたカートリッジ方式のボンベを使った水素サプライのネットワークを提案しており、台湾ではFCゴルフカートやFCスクーターを使った実証実験も行われるという。カートリッジ1つが貯蔵できる水素は45グラムだが、モーターの出力や航続距離の要求に応じて装填できる本数を変え、手軽に交換できる構造とすることで対応している。

 しかし、アルミ合金を炭素繊維強化プラスチック(CFRP)で強化したタンクと比べ、水素吸蔵合金を詰めたボンベは格段に重くなる。これはただでさえ重くなりがちなFCVにとって採用しにくい要素だ。現在のところ重量あたりの水素貯蔵密度で見れば、70MPaの高圧ボンベと比べ、3分の1程度の密度となる。つまり同じ容量のボンベを水素吸蔵合金で作ると3倍も重くなってしまうのである。

 しかしながら容積比では2倍の効率だから、航続距離を半分に抑えればボンベの重量を1.5倍に抑えてコンパクトで安全な貯蔵システムとすることはできる。航続距離は70MPa仕様の半分程度となっても、水素ステーションが増えれば実用性は高まる。EVのバッテリーユニットと比べても遜色ない重さにすることは十分に可能なのだ。

【次ページ】 トヨタは「プリウスと同じ状況」を作り出そうとしている

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