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  • 2012/03/15 掲載

吉野 彰 氏インタビュー:リチウムイオン電池の発明につながったブレークスルーとは

[フェロー・CTOインタビュー 第3回]

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フェロー、CTOの高い業績の背景には、独自の考え方、思考・行動の原則=ノウハウがある。これらのノウハウには、企業の創造力、イノベーション力を高めるパワーがある。そして、日本を元気にするヒントがある。本連載では、フェロー、CTO自身に、自らのノウハウを語っていただく。第3回は、旭化成 フェロー、吉野彰氏に聞いた。吉野氏は、リチウムイオン二次電池の発明者の一人で、その基本概念を1985年に確立された。Technical Award of Battery Division 、文部科学大臣賞科学技術功労者、山崎貞一賞など、数々の賞を受賞され、また2004年には、紫綬褒章を受章されている。

R&Dダイレクトコミュニケーション推進会議

R&Dダイレクトコミュニケーション推進会議

Webサイト: http://www.act-consulting.co.jp/rd_dc.html

「R&Dダイレクトコミュニケーション推進会議」は、対面型コミュニケーション、ITを用いた遠隔地間の双方向コミュニケーションを活発化させ、研究開発部門の知的生産性を高める活動を推進しています。ダイレクトコミュニケーションは、研究所の、風土改革、オフィース改革、研究所の新設・改造を通じて達成します。

<推進会議メンバー>
株式会社コクヨ、日揮株式会社、株式会社アクト・コンサルティング

できるだけ早く致命的な課題を見通す

――今や社会になくてはならない、リチウムイオン二次電池を発明されました。このような高い業績を得るために、日ごろ常に意識して実践してこられたことはあるのでしょうか。

【吉野 彰氏(以下、吉野氏)】
まず、粘り強さと柔軟性という、相反する資質を持っていること。壁に突き当たっても深刻にならず前向きに捉える、脳天気な考え方ができることが必要だと思います。その上で、「致命的課題」があるのかないのか、いかに早く見通すかが重要です。研究開発には、山ほど課題が出てきます。しかし、解ける課題であれば、人と時間を投入すれば解決できる。ただし、解決できない致命的課題があれば、その研究は続けられません。致命的課題の発見が遅くなると、それだけ企業としてもロスが大きい。研究者個人としても、人生をロスしてしまいます。一方、致命的課題がないことがわかれば、自信を持って研究開発を続けることができます。

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――致命的課題を、どうやって早期に見通すのですか。
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旭化成
フェロー
吉野 彰氏
【吉野氏】 研究者一人で、あるいは1チームや1企業で考えていても限界があります。いかにして、社外の有識者の知見を得るかが重要です。この場合、怖がらずに、勇気を持って外に行く。そして、素直に外の話に耳を傾けることが必要です。リチウムイオン二次電池の場合、旭化成社内に電池の専門家はいませんでしたから、素直に有識者に聞きにいけました。

――怖がらないというのは、どういうことでしょう。

【吉野氏】
外に聞きに行くには、こちらもある程度手の内を見せなければなりません。データを示し、サンプルを見せなければならない。競争相手とディスカッションしなければならないこともあります。そこで、こちらの内容が漏れるリスクをテイクし、怖がらず聞きに行くことが重要です。もちろん、事前に必要な特許は取るなどのリスクのコントロールは必要です。また、議論の目的に合わせて、最小限の情報提供にとどめるようなディスカッション方法を考えることも必要です。たとえば初期段階では、公開情報をまとめた資料であっても、相手は喜ぶこともある。こちらは3出して7得るというのが理想でしょう。しかし、いつもうまくいくとは限りません。それでも外に聞きに行くには、リスクをテイクしなければなりません。

――実際に、競争相手とディスカッションしたこともあるのですか。

【吉野氏】
あります。新しい電池の開発を急いでいた、(電池事業という観点での)競争相手に、実際にサンプルを持って会いに行きました。その相手とのディスカッションでは、安全性に関わる課題について、知見を得ることができました。

――よく、競争相手に会えましたね。

【吉野氏】
まず、当時の研究開発担当役員が、先方に人脈を持っていましたので、これを使いました。また、サンプルといっても、当然それなりの性能のものを準備しました。

――致命的課題がないことがわかっても、課題は山ほどあるわけですが、それはどうやって解決するのでしょうか。

【吉野氏】
冒頭に申し上げた「脳天気」は、重要な考え方です。考え方一つで、研究者の行動は変わります。たとえば、課題が百見つかったとして、早く見つかってよかったと考える。問題が百見つかったら、解決したらものすごい価値が生み出せると考える。課題の前で粘って考え続けるには、前向きな姿勢が必要です。明るい気持ちでいないと、柔軟な発想ができません。脳天気は、課題解決にとても重要な「考え方」なんです。私は普段から、課題を前にしたら、必ず前向きに解釈するようにしています。

――リスクをテイクして競争相手にまで会いにいく。脳天気に前向きに考える。このようなことを始められるきっかけがあったのでしょうか。

【吉野氏】
ありました。私は、入社は旭化成ダウという合弁会社だったのですが、30歳を超えたあたりで、この会社は旭化成に吸収されました。この吸収で、これまでに培った人脈や実績は、まさに0クリアされた感じになりました。この時、開き直って、ダメもとでもやるべきことはやる、という考え方が強くなったと思います。結局は、行動力の問題です。研究開発者は、好奇心は、大なり小なり持っている。しかし、これを実行する、競争相手にまで聞きに行くには、行動力が必須です。行動力とは、人を動かすことです。課題を想定し、会うべき人を決め、会うために依頼や説得を行い、時には上長の人脈を借りて会いにいく。そういう行動力を持つには、本当に会ってくれるだろうか、などとくよくよと悩んでいてはダメです。開き直って、ダメもとでもやるべきこと絶対にやる、という考え方が必要です。

――たしかに、知らない人に会うのは大変ですね。人を動かす説得力が必要だ。その背景には、「開き直って、ダメもとでもやるべきことは絶対にやる」という信念があるわけですね。

【吉野氏】
説得力は、人に会うだけでなく、社内でも重要です。先ほども言いましたが、リチウムイオン二次電池は、社内ではまったく経験がない分野でしたから、本当にマーケットはあるのか、コストは大丈夫か、といった疑問がいくつも投げかけられました。そのような疑問に答え、相手を説得するために、説得のシナリオを作りました。マーケットがあるかどうかという疑問であれば、将来顧客になりそうな企業に訪問し、潜在需要を確認しました。たとえばデジカメのメーカーさんに行って、連写には従来の電池では対応できず、リチウムイオン二次電池への確かな需要があることなどを明らかにしました。

自分を追い込む「場」を作る

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「自分を追い込む『場』。いつまでに、必ずこれを達成しなければならない、という『場』を作ることが重要です」
――ところで、リチウムイオン二次電池の開発では、いくつものブレークスルーを達成されてきました。いったいどうすれば、このようなブレークスルーができるのでしょうか。

【吉野氏】
自分を追い込む「場」。いつまでに、必ずこれを達成しなければならない、という「場」を作ることが重要です。先ほどシナリオの話をしましたが、致命的課題を見通す、あるいはマーケットの存在を確かめるなど、いつ誰に会うか、シナリオを準備します。このシナリオが、ブレークスルーしなければならない「場」を作ります。社外と議論する場合、最初はペーパーでいいでしょう。しかし、やがてサンプルを示さなければ、より深い議論はできなくなります。必要な時期に、場合によっては相手と期限を約束して、必要なサンプルを出す。相手も期待している。こちらとしても、想定している課題の特定や解決のために情報が必要だ。そこで、期日までに何が何でも達成しなければならない。そういう場があれば、頑張れます。ブレークスルーは、結局一瞬のひらめきです。いかに集中して考えるかが重要です。この時に、課題に押しつぶされないように、先ほどの脳天気の考え方が、合わせて必要になります。

――今までの話が、だんだんとつながってきました。致命的課題を見通し、必要な知見を得る。また、社内を説得するために、いつ誰に会ってどのような議論をするか、シナリオを持っている。これに合わせて、サンプルを作る。納期や目的、必要性がわかっているから、必死で考えてブレークスルーを果たす。ということですか。

【吉野氏】
相手と会うには、もちろんその時点の製品や市場での成功のイメージ、そこへ行き着くための課題の想定があります。社外の知見を得なければならないような重要な課題を前提にサンプルを作りますから、そこで得たブレークスルーは、その後も貴重な資産になります。実際、社外の相手と会うために達成したブレークスルーは、その後、自社にとって価値ある特許になったものが多いですね。

――つまり、リチウムイオン二次電池の成功の裏には、製品や市場での成功のイメージ、課題想定、知見獲得や説得のシナリオ、シナリオに向けたサンプル作り、納期を決めたサンプル作り中でのブレークスルーというサイクルがあったということでしょうか。

【吉野氏】
どこから始まるというわけではないですが、それらが行きつ戻りつしながら進んでいったことは確かです。それと、材料メーカーが最終製品を考えたことが実は大きい。グローバル競争の中で、圧倒的な差をつけるには、材料から革新を果たさなければならないでしょう。しかし、アセンブリメーカーには、十分な材料の知見がありません。リチウムイオン二次電池の開発では、社内にあるいろいろな材料のサンプルや知見が、糸口となることが多々ありました。それらのサンプルや知見は、それ自体は花開かない失敗も多く含まれていました。それでも、そこから得た知見は、数知れません。

 それから、当社は現在、リチウムイオン二次電池のセパレーターで、グローバルにNo1のシェアを確保していますが、これは、社内で最終製品である電池と、セパレーターという部材を同時に開発したことが大きかったと思っています。社内で、互いに、ユーザーとサプライヤーとして、知見の創出や交換ができました。社外のように、手の内を隠す必要がなく、徹底的な議論ができました。もっとも、電池が当時、社内で主流のテーマでなかったことは無視できないかもしれません。社内の共同開発は、ともすると傷の舐め合いになるリスクがある。電池の場合、本当にできるのかという厳しい見方をされたため、真剣な議論ができたと思います。

――最後に、日ごろ感じておられる日本の研究開発の課題や、研究開発に従事している方々へのアドバイスなどあれば、お願いします。

【吉野氏】
まず、若手の研究者に申し上げたいのは、グローバルな観点で見ると、研究開発の土俵が変わったことを認識すべきだということです。これだけネットが普及すると、かつて日本が優位であった、先端情報の早期把握が、世界中で同時にできるようになった。かつては、日本の技術力や市場への期待、それまでに培ってきた人脈などによって、たとえばアジアでいえば、日本は最初に先端情報が得られた。今は、その差はありません。つまり、情報に関しては、アジア各国とまったく同じ土俵での戦いが始まったと認識すべきです。情報優位に立てない以上、勝負はモチベーションで決まると思います。いかにモチベーションを高めるか。いかにモチベーションで、韓国や台湾、その他の国に勝つか、真剣に考えてほしいと思います。

 それと研究開発は、もっと戦略的になるべきです。技術を欲しがるところがあれば、与える。しかし「ひも付き」にして、しっかりとリターンを得る。あるいは、絶対に真似されない何かを組み込んでおく。これは、決して難しいことではありません。ネジ1本でもいいのです。それは絶対に真似できない。そのようなものを必ず組み込む。決して、製造機械を買えば誰でも真似できるようなものを作ってはいけないのです。

――なるほど。お話を聞いて、考え方を変えることで行動を変え、大きな成果をえられることが理解できたように思います。本日は、貴重なお話をありがとうございました。


 次ページは、本インタビューに基づいて弊社で体系化した、ノウハウ定義書である。読者のみなさんの参考用に提示する。なお、本ノウハウ定義書は吉野氏にレビューいただいている。

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