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  • 2018/09/28

なぜデジタルメディアは「冷たい」のか、現代が深刻な情報不足である理由

同じ情報を受け取っているはずでも、たとえばアナログの本とデジタルの本とでは、私たちが受けとれる情報は「質が違う」のではないか。端的に表現すれば、同じデバイスやアイテム、サービスがアナログからデジタルに移行した際、「情報が減ってしまう」のではないだろうか。

編集者/文筆家 高橋幸治

編集者/文筆家 高橋幸治

1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・バブリッシング刊)がある。

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私達は無意識のうちに多くの情報にさらされている
(©kid_a - Fotolia)

デジタルメディアは「冷たいメディア」

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 「味覚的」だと感じる行為が実は「視覚的」で、「視覚的」だと思うものが「触覚的」だったりと、我々はコトの本質を平気で誤認している

 (利用しているメディアに関して)“使用している五感の勘違い”を考察した際、同じ短編小説を「書物バージョン」で読んだ人と「電子バージョン」で読んだ人とでは読後の記憶にいかほどの差異が現れるのか……という実験があると以前紹介した。

 これは2014年にノルウェーの大学で行われたもので、50人の学生を25人ずつの2つのグループに分け、同一の文学作品を読んでもらった後、物語の詳細に関する質問に答えさせたり、バラバラにした物語を元の順番に並べ直させるといったテストである。

 結果、「書物バージョン」で短編小説を読んだ学生のほうが「電子バージョン」で読んだ学生よりも正解率が高かったという。特に断片化された物語を復元する作業では正答率に驚くほどの開きが出たとのことだ。

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2014年8月14日付けの「The New York Times」に掲載された「紙の書物」と「電子書籍」に関する実験結果を報じた記事。物語に関するさまざまなテストにおいて、「紙の書物」を読んだ被験者のほうが「電子書籍」を読んだ被験者よりも正答率が高い
(出典:The New York Times)

 つまり、物理的に存在する本は「視覚」で文章を読みつつも指先=「触覚」で既読のボリュームと未読のボリュームを常に感じ取っているということである。そのため、作中のどのあたりでどんなことが起こったかを頭脳の記憶と指先の記憶の両方で思い出すことができる。ということは……である。


メディア論の泰斗マーシャル・マクルーハンによる『メディア論』(みすず書房)。出版後50年以上を経た現在においても、さまざまな場面で応用可能な示唆に富む記述が散りばめられている。いまだ色褪せないメディア論のバイブルである
 アナログの本とデジタルの本とでは、私たちが受信している情報の質の違いはもとより、そもそも量の違いが存在しているのではないか? 端的に言ってしまうと、同じデバイスやアイテム、サービスがアナログからデジタルに移行した際、情報量はかなり減少すると考えてもよいのではないか?

 現代の私たちは日頃から映像や画像、ディスプレーの解像度や音楽のビットレートといったものの爆発的な増大を目の当たりに体験しているから、漠然と「デジタル情報は高密度/高濃度」であると思いがちだし、あたかもニュートリノが人間の身体を絶えず貫通しているように、日々、Webのニュースサイトやソーシャルメディアから発信される情報を四六時中、朝から晩まで浴びせかけられ続けている。

 従って筆者を含めほとんどの人たちが、いまや、“情報過多の時代”を生きていると何とはなしに信じ切っていると言っていい。

 しかし、それはあくまでの情報を構成するビット数の問題であって、私たちが知覚し、認識し、解釈する把捉可能もしくは咀嚼可能な情報量の問題ではない。
 マクルーハンは情報の受け手が参与する度合いが低い高精細のメディアを「熱いメディア」、参与する度合いが高い低精細のメディアを「冷たいメディア」と呼んだ。

 先の本の例を当てはめれば、視覚情報だけでなく触覚情報も埋め込まれている「書物バージョン」は熱いメディア、視覚を駆使するほかない「電子バージョン」は冷たいメディアと言えるだろう。

 つまり、アナログバージョンは情報で満たされているから介入せずとも受け取るメッセージが多く、デジタルバージョンは情報がスカスカしているのでユーザーの積極的かつ自主的な読み取りが要請される。

 いちおう、『メディア論』(みすず書房)の該当個所を下記に引用しておこう。ただし、同書は1964年に出版されたものであり、たとえば当時のテレビは小型で白黒、解像度も高くないという“時代の状況”を念頭に置いて読んでいただきたい。もちろん、“インターネット以前”であることは言うまでもない。

 ラジオのような「熱い」(hot)メディアと電話のような「冷たい」(cool)メディア、映画のような熱いメディアとテレビのような冷たいメディア、これを区別する基本原理がある。

 熱いメディアとは単一の感覚を「高精細度」(high definition)で拡張するメディアのことである。「高精細度」とはデータを十分に満たされた状態のことだ。写真は視覚的に「高精細度」である。

 漫画が「低精細度」(low definition)なのは、視覚情報があまり与えられていないからだ。電話が冷たいメディア、すなわち「低精細度」のメディアの一つであるのは、耳に与えられる情報量が乏しいからだ。

 さらに、話されることばが「低精細度」の冷たいメディアであるのは、与えられる情報量が少なく、聞き手がたくさん補わなければならないからだ。

 一方、熱いメディアは受容者によって補充ないし補完されるところがあまりない。

 したがって、熱いメディアは受容者による参与性が低く、冷たいメディアは参与性あるいは補完性が高い。だからこそ、当然のことであるが、ラジオはたとえば電話のような冷たいメディアと違った効果を利用者に与える。

「汎用型AI」が遠い未来の話だと思うワケ

 さて、現代が果たして“情報過多の時代”なのかという根本的な問いに戻ろう。結論から言ってしまうと、私たちはいま、予想とは裏腹に、“情報不足の時代”を生きていると考えていい。

 確かに私たちの身の回りにはデジタル情報があふれ返っている。しかし以前のこの連載でも触れたように、フィルターバブルがもたらすものは精査され厳選された画一的な選択肢にすぎず、多様性と意外性に富んだ創造的な情報群ではない。

 つまるところ、いくら膨大に情報が提示されているように見えても「知」は貧困化していく。要するに、飛び交うビットの数は爆発的に増大しても、私たちが活用できる情報の量は不足しているということである。

 誤解のないように申し述べておくと、いくらなんでもこの時代に“アナログの優位性”を説こうなどという意図はさらさらなく、むしろ、デジタルの可能性を考えるにあたって、改めて「デジタルとはパターン化と類型化と単純化のテクノロジーである」ということを認識する必要があるのではないかということである。

 やみくもにAIの万能性が喧伝され礼賛されてしまう現代において、こうしたデジタル技術の根本的な特性や特質は往々にして隠蔽されてしまう。『解明される意識』(青土社)などの著書として有名な米国の哲学者ダニエル・C・デネットが述べているように、現在の私たちの周囲に生起していることは厳密に言えば「情報の爆発」ではなく、あくまでも私たちの趣味趣向、行動様式などをパターン化し、類型化し、単純化しようと目論む企業が開発したアルゴリズムの横溢、つまりデータの「組み合わせの爆発」に過ぎない。

 では、デネットが指摘するデータの「組み合わせの爆発」が極限まで増大を続け、ミリ秒単位での処理が可能になれば人間の脳を再現した至高の「汎用型AI」=強いAIが完成するのかといえば、理論的にはそうかもしれないが、現実的にはまだまだ心許ないのではないか?

 それはいずれ実現するかもしれないとはいえ、現在AIと呼ばれているものは、レイ・カーツワイルが『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』(NHK出版)の中で述べている「特化型AI」=弱いAIにとどまっている。

 世界中のいたるところでAIへの邁進が加速し、期待が膨張すればするほど、逆に、人間=脳が扱っている情報の量、さらにはその情報処理技術と情報処理速度の途方もなさが明るみに出てくる。

 執拗に繰り返すようだけれども、安易な人間の礼賛をしたいわけではなく、現在においてもなお、デジタル化される情報の量は依然としてあまりにも少ないということが言いたいのだ。

【次ページ】“情報が多すぎて息苦しい”のではなく“情報が少なすぎて息苦しい”

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