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  • 2019/11/14 掲載

東工大 西森 秀稔教授が語る「量子コンピューターの現在」、相次ぐ報道の考え方

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近年、「量子コンピューター」への注目が集まりつつある。米国ではグーグル、IBM、マイクロソフトなどのIT大手や、政府の研究所などが量子コンピューターの研究に本腰を入れ始めている。本稿では、経済産業省政策シンポジウム「次世代コンピュータが実現する革新的ビジネス」の中から量子コンピューターの中でも、「量子アニーリング」の原理を応用したハードウェアが抱える課題と、将来の見通しを紹介する。量子アニーリングの第一人者である東京工業大学 科学技術創成研究院、東北大学 大学院情報科学研究科の西森秀稔教授が現在注目していることとは。
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東京工業大学 科学技術創成研究院、東北大学 大学院情報科学研究科の西森秀稔教授

量子コンピューターの「2方式」とは

 2015年12月、グーグルはNASAとの共同研究で、量子コンピューターが一般的なデスクトップPCに比べて1億倍速く計算を処理したと発表した。この発表から、量子コンピューターが注目を集め始め、さまざまな企業が検証を始めるようになった。

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 改めて説明すると、量子コンピューターにも大きく分けて2つの方式がある。1つ目は「量子ゲート方式(回路方式)」。これは現在のコンピューターの上位互換に当たるようなコンピューターだ。この方式には長い研究の歴史があり、一般に「量子コンピューター」というと、量子ゲート方式を指すことが多い。

 0、1、そして0と1の重ね合わせ状態を取れる「量子ビット(量子コンピューターの情報単位)」を操作することで、原理的にはどんな計算もできる。また、現在のコンピューターでは時間がかかりすぎて現実的な時間で解けない問題のうち一部を短時間で解くことができる。

 0と1の重ね合わせ状態を利用して、大規模な並列演算ができるからだ。2019年5月20日に開催された「次世代コンピュータが実現する革新的ビジネス~量子コンピュータ/アニーリングマシンが切り開く未来~」(主催:経済産業省)に登壇した東京工業大学 科学技術創成研究院、東北大学 大学院情報科学研究科の西森 秀稔 教授は「量子コンピューターの適用が可能な領域をまずは確認すること」と語る。

 量子コンピューターで処理の高速化が期待できるものの中でも有名なのは「素因数分解」だ。従来のコンピューターでは、数値のけた数が増えていくと計算量が爆発的に増大して、現実的な時間では計算を終えることすらできない。これが量子コンピューターなら現実的な、短い時間で解けるというのだ。

 現在、インターネット通信の暗号化で使用する「RSA暗号」という方式は、大きな値の因数分解が事実上不可能という性質を利用している。量子コンピューターが現実のものとなり、動作を始めれば、RSA暗号は役に立たなくなってしまうだろう。

 ただし量子ビット方式では、IBMやインテルが数十量子ビットの試作機を開発したところで、既存のコンピューターに対してはるかに高性能なコンピューターはまだ現実のものにはなっていない。これは量子ビットがノイズに非常に弱いためである。

 もう1つの方式は「量子アニーリング」だ。この方式は1998年に東京工業大学大学院の博士課程に在学中だった門脇正史氏(現デンソー)と、前出の西森秀稔教授(当時は東京工業大学大学院)と共同で発表したものである。そして、カナダのディーウェーブ システムズ(D-Wave Systems)が開発した、現時点で世界で唯一の商用量子コンピューターである「D-Wave 2000Q」は、この方式で動作するコンピューターだ。

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カナダD-Wave Systemsが販売している量子コンピュータ「D-Wave 2000Q」
(出典:D-Wave Systems 報道発表)

 量子アニーリングとは、「イジングモデル」という物理学のモデルを利用して問題を解く方式だ。そして「量子アニーリング」が得意とする組合せ最適化処理とは、「膨大な選択肢からベストな選択肢を探索する」手法である。

 量子アニーリングは量子ビット方式に比べてノイズに強く、ビット数を増やしやすいという特徴がある。D-Wave Systemsの「D-Wave 2000Q」は2000量子ビットを集積したプロセッサを搭載している。

 ただし、量子アニーリングがその力を発揮するのは「組み合わせ最適化問題」、それを少し拡張した「サンプリング」などに限られる。量子ビット方式のように、既存のコンピューターと同じような計算もできるというわけではない。

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D-Wave Systemsの「D-Wave 2000Q」が搭載するプロセッサ
(出典:D-Wave Systems 報道発表)

「量子コンピューター報道」の考え方

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 ここまで読むと、量子ビット方式は開発がなかなか進まず、量子アニーリングがかなり先行しているように見えるだろう。しかし、量子アニーリングにも大きな課題が残っている。世界で初めてこの方式を発表した西森教授は、「量子アニーリングにはまだ理論的保証がない。ただ、やってみると速く計算できる例がたくさんあるというのが現状」と語る。

「量子ゲート方式は、きちんとした実機ができれば、素因数分解、暗号解読、量子シミュレーション、ある種の機械学習の計算を劇的に高速化できるということが数学的に保証されているが、量子アニーリングにはまだその保証がない」(西森教授)

 西森教授は現在、量子アニーリングを利用すれば、一部の計算処理を劇的に高速化できるということを理論的に証明することを大きな研究テーマとして取り組んでいる。

 量子アニーリングは理論的裏付けがないため、今でもさまざまな形で批判を浴びているが、冒頭に初回した「2015年12月のグーグルとNASAの共同研究」もその一例だ。

 西森教授は「グーグルとNASAの発表は、あるかなり特殊な学問的な問題を作り出して、それをD-Wave Systemsのコンピューターに解かせたところ、既存のコンピューターに比べて1億倍速かったということに過ぎない。解いた問題は実用的なものではなく、D-Waveマシンに非常に有利なものだった」と説明する。量子コンピューターの報道は多いものの、その「条件」を精査する必要があるということだ。

 それでは、グーグルとNASAの発表は価値がなかったのだろうか。批判の中には「たとえ有利な問題を設定しても、D-Wave Systemsのコンピューターはそれほど速くない」というものもあったが、西森教授はグーグルとNASAの「1億倍発表が覆した」と指摘。「グーグルの発表はとても大きな意味を持っていた」と評価している。

 西森教授は「批判はありつつも、量子アニーリングの実用例は、毎週、あるいはほぼ毎日のように新しい論文と研究成果が出てきている」と指摘する。

 たとえば、南カリフォルニア大学の研究では、ある組み合わせ最適化問題をD-Waveに解かせた場合、既存のコンピューターで解いた場合と比較して最大で1000倍速く問題を解けるという結果も出ている。西森教授によると、この問題は前述のグーグルのように、「有利に作った人工的な問題」ではないという。「実際に役立つ計算」でもこのような例があるケースが出てきているとした。

【次ページ】今、取り組むべきことは1つでも多くの実用例を見付けること

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