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  • 2021/05/18 掲載

企業が学ぶべき「山下達郎のニッチ戦略」、事業成功の5つの条件とは

【連載】成功企業の「ビジネス針路」

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山下達郎は、日本のシンガー・ソングライターとして40年以上にわたって活躍を続けている。本連載ではこれまで企業事例から「事業成功のヒント」を考察してきたが、今回は山下達郎が採ってきた「ニッチ戦略」から、企業が実践できるニッチ戦略の王道を学んでみよう。

早稲田大学 ビジネススクール 教授 山田英夫

早稲田大学 ビジネススクール 教授 山田英夫

三菱総合研究所にて大企業の新事業開発のコンサルティングに従事。1989年に早稲田大学に転じ、現職。専門は競争戦略論、ビジネスモデル。博士(学術、早稲田大学)。ふくおかフィナンシャルグループ、サントリーホールディングスの社外監査役。主な著書に『競争しない競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『成功企業に潜むビジネスモデルのルール』(ダイヤモンド社)、共著に『本業転換 既存事業に縛られた会社に未来はあるか』(KADOKAWA)などがある。

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日本の音楽市場において、最前線を走る山下達郎から成功のヒントを学ぶ
(写真:筆者撮影)

成功の鍵1:やらない事を明示

 競争戦略の大家マイケル・ポーターは、「やらない事を明示する事が戦略である」(注1)と述べている。特にニッチ企業は、それが強く求められる。

 山下達郎は、(1)テレビに出ない、(2)武道館(アリーナ)ライブはやらない、(3)本は書かないを公言し、かつそれを貫いてきた。

 従来ミュージシャンは、CDを出し、テレビで顔を売り、ファンを増やし、武道館やドームでライブをやるというのが、黄金のステップアップ路線であった。かつてのニューミュージック最盛期に、当初は「テレビに出ない」と宣言していたにもかかわらず、テレビに出演したら人気が高まり、路線変更していったミュージシャンは少なくない。

 しかし山下達郎は、すでにアルバムを30枚程出しているが、テレビには一切出演せず、DVDも1枚も出していない。武道館(アリーナ)ライブもやらず、本も出していない。

 (1)(3)(3)はすべて収入の増加に直結する手段であるが、彼はかたくなに当初のポリシーを守っている。音楽の世界には“流行歌”という言葉があるように、「流行り」があり、息の長い歌手でも、その時々の「流行り」に合わせて演出を変えることはよくある。

 しかし山下達郎は、ライブに関しても、舞台装置、照明、映像、バックダンサー、ゲストなどで“ショー化”する事はせず、曲を1曲でも多く演奏することを続けている。音楽とトーク以外はやらないのである。

 彼のコンサートは休憩なしで3時間以上続き、途中で山下達郎がステージ上からいなくなる事はない(注2)。前座を置いたり、数曲歌ったら衣裳替えと称して、バックバンドだけの演奏でステージから消えてしまう歌手とは、一線を画している。

 やらない事が明確なので、戦略の方向、資源蓄積の方向がブレないのである。

注1:マイケル・ポーターは、『戦略の本質とは、何をやらないかという選択である』と述べている。Porter M.E.(1998)“On Competition”, Harvard Business School Press(竹内弘高訳(1999)『競争戦略論 Ⅰ』ダイヤモンド社)

注2:過去の最長演奏時間は、六本木ピットインで4時間45分(『TATSURO MANIA』第105号、2018)。なお「休憩なし3時間以上」は、高齢化するファンにとっては、徐々に辛いものになってきている面もある。


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山下達郎は、(1)テレビに出ない、(2)武道館(アリーナ)ライブはやらない、(3)本は書かないを公言し、かつそれを貫いてきた。これが、「ニッチ戦略」の成功につながっている?
(Photo/Getty Images)
 

成功の鍵2:市場を大きくしない

 ニッチ戦略は「すき間市場、小さい市場を狙う」と理解されやすいが、正しくは、「競合他社との直接競合を避け、棲み分けした特定市場に資源を集中する戦略」(注3)のことである。

 大手企業は保有する経営資源が多いため、小さな市場に参入しても投入したほどのリターンがなく、投資効率が悪い。また社内に「**億円ないと事業とは言えない」という投資の判断基準があり、小さい市場への参入は、社内で承認がおりない事も多い。

 逆にニッチ企業の側からは、大手の参入を防ぐために、市場をあまり大きくしないことが必要である。山下達郎の音楽は、最近の言葉で言えば「シティ・ミュージック」の範疇に入るかも知れないが、彼はその市場を拡大しようとはしていない。

 山下達郎は後述するように、音楽のクオリティを大切にするため、ライブをやる場合も、観客にも演奏者にも良い音楽が届く会場を大切にしている。彼がホームグラウンドとしてきた東京の中野サンプラザは、収容人数も2222名、かつ老朽化して建て直しも検討されているが、1番後方の席まで音がきちんと届くと言われる。また、会場からのはね返りの音が、演奏者にも正しく聴こえる事も重視している。

 収容人数の多い武道館(最大収容人数1万4471名)やドームは、1日ライブをやれば、山下達郎ファンの市場も大きくなり、巨額の収入を得ることができるが、もともと音楽を聴くために設計された建造物ではなく、彼が求めるクオリティは実現できないとして、ライブ会場には選ばれていない(注4)

 山下達郎のライブ・チケットは取りにくいことで有名であるが、クオリティを犠牲にしてまで収容人数を増やすことはしていない。

注3:嶋口充輝(2000)『マーケティング・パラダイム』有斐閣

注4:山下達郎が所属するワーナー・ミュージック・ジャパンの創立40周年ライブに、妻の竹内まりやと共に、武道館に1度だけ出演した事がある。

成功の鍵3:クオリティを磨く

 ニッチ企業と言えども、技術を磨き続けないと他企業に追随、逆転されてしまうことがある。かつて日本語ワープロの黎明期に、日本デジタル研究所の「文作くん」という名機があったが、大手企業にあっと言う間に追随され、市場から姿を消してしまった。

 山下達郎は、音のクオリティについて、職人的とも言えるこだわりを持っている。前述のライブ会場の選択にもそれが表れているが、一度出したCDについても、後に開発された技術で音の改良ができるようになったため、過去のアルバムのリマスター版を毎年のように発売している。これは「CDを出したら後は売るだけ」と考えている歌手からは、信じられないかも知れない。


 リマスターの延長線上に「クリスマス・イブ」を挙げることができる。「クリスマス・イブ」は1987年に発売され、JR東海のテレビ広告に採用され、大ヒット曲となった。今でもクリスマス・ソングの定番として売れている。

 「クリスマス・イブ」はクリスマスシーズンになると売れ、1987年以降2020年まで35年連続でオリコンの週間シングルトップ100入りを果たしており、トップ100入り連続年収でも歴代1位である。なお、「クリスマス・イブ」のCDは、新しい音源も加えた形で毎年のように限定発売を続けている。

 デジタル化に関しても、出始めのデジタル技術ではアナログ時代の“質感”が出ない事から相当悩み、時間をかけて録音機材・録音方法などを変えてきた。

 コロナ禍で音楽配信をするミュージシャンも増えてきたが、山下達郎も2020年に2回の配信を行った。しかし、単に映像を流すということでは満足せず、最高の音を届けられるシステム(注5)を用いて配信を行った。

 ライブでも、マイクを使わず肉声で観客に声を届ける曲をセットリストに加えており、声量を維持している。かつ年をとったからと言って、曲のキーを下げることは絶対しない(注6)。そのために、身体の節制と発声の訓練を今でも続けているのである。

注5:山下達郎が採用したMUSIC/SLASHシステムは、映像よりも音質を優先した仕組みで、かつ映像に厳しいプロテクトがかかっており、コピーできないようになっている。

注6:歌手は年をとると、若い頃の音域が出なくなり、かつてのヒット曲を、キー(音程)を下げて歌うのが通例である。

【次ページ】成功の鍵「ロイヤルカスタマー・ファースト」、「コア・コンピタンスの内製化」まるごと解説

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