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  • 2024/04/16 掲載

【単独】京大・西村氏が警鐘を鳴らす「科学力の大低迷」、根本原因の「1人PI」とは?

連載:基礎科学者に聞く、研究の本質とイノベーション

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植物学で数々の新発見をしてきた京都大学 名誉教授で植物細胞生物学者の西村 いくこ氏は、光合成の能力向上や虫よけとなる臭い発出など農業の課題解決に寄与する研究を続けている。そんな同氏は、昨今問題となっている日本の科学力低下について、「日本は生命科学分野も含め研究者が孤立している」と指摘する。そこで今回、農業に貢献できる研究や新発見につなげるための秘訣とともに、日本の科学の課題に対する考えを聞いた。

協力:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団

協力:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団

公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 は、ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典(理事長)が2017年、科学賞の賞金1億円を拠出し、日本の基礎科学振興を目的に設立した。
<財団の活動>
・現在の研究費のシステムでは支援がなされにくい独創的な研究や、すぐに役に立つことを謳えない地道な研究を進める基礎科学者の助成
・企業経営者・研究者、大学等研究者との勉強会・交流会の開催
・市民及び学生を対象とした基礎科学の普及啓発活動

本シリーズの特設ページ:https://www.ofsf.or.jp/SBC/2310.html

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西村氏が研究している様子。科学力が低迷した原因とは
(西村氏提供)

農業が変わる?「光合成の能力」が上がる仕組みを発見

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京都大学 名誉教授
西村 いくこ(にしむら・いくこ)氏
1950年京都市生まれ。1974年大阪大学理学部生物学科卒、1979年同大学院博士課程修了、理学博士。1980年名古屋大学、および神戸大学の研究生、1985年フランス国立科学研究所研究員。1991年岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所助手、1997年同助教授、1999年京都大学大学院理学研究科教授、2016年同名誉教授。2016年甲南大学理工学部教授、2019年同特別客員教授、2021年同名誉教授。2022年奈良国立大学機構理事(非常勤)、2023年奈良先端科学技術大学院大学理事(非常勤)。2014年11月紫綬褒章。2023年瑞宝中綬章。2024年みどりの学術賞。
──(大隅基礎科学創成財団 理事 野間 彰氏)これまでの研究の中で、環境や食糧問題といった社会課題の解決に貢献する可能性がありそうな研究について教えてください。

西村 いくこ氏(以下、西村氏):社会課題の解決は難しいですよね。私自身は、基礎研究と応用研究という分け方をあまり意識してきませんでした。もちろん皆さまのお役に立ちたい気持ちはありますが、研究そのもののことばかり考えてきたというのが正直なところです。その中で社会問題の解決に近い研究があるとすれば、農業分野への貢献でしょう。人口増加に伴い、「地球はすべての人々を食べさせていけるか」という食糧問題は以前から気になっていました。

 ここで見つけたのが、光合成の能力を上げる仕組みです。

 当時、液胞タンパク質の細胞内での輸送の研究をしていたのですが、多くの成果が酵母の研究の後追いになるような気がしていました。そこで、単細胞の酵母にはないもの、すなわち、多細胞ならではの研究を行うことにしました。具体的には、細胞内で完結せずに細胞外に放出されて近隣細胞に働きかける因子を見つけようということになりました。そのとき発見したのが、「ストマジェン」と命名した新しい植物のペプチド・ホルモンでした。

 ストマジェンは、植物の葉の内側の細胞で合成・放出され、外側の表皮に分布する気孔の密度を増大させます。気孔は、私たちの「口」のような形をした小さな孔で、大気中の二酸化炭素の取り込みや水分の蒸散などの大事な働きをしています。

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ストマジェンの働きによって植物の葉にある気孔の密度が増大する
(西村氏提供)

 農学部から来てくれたメンバーにも協力してもらい、ストマジェンの過剰発現で気孔密度を増やすと、二酸化炭素の取り込み量が増えて、光合成の能力が上がることが確認できました。また、逆に、ストマジェンの働きを抑えた植物は、水分の放出量が減少するため乾燥に強くなりました。このように、モデル植物は理論どおりの挙動を示してくれました。

 しかし、長年にわたり人の手で改良されてきた農作物は、理学畑で育った私たちにとって手ごわいものでした。気孔を増やすとバイオマス資源の増大に、そして、気孔を減らすと乾燥耐性作物の作出につながるかもしれないと思っていますが、今は研究が中断しています。

将来は「虫をよせ付けない」農作物ができる?

1ページ目を1分でまとめた動画
──細胞外に放出されて、植物に良い影響を与えるものは、ほかにも存在するのでしょうか?

西村氏:もう1つ農作物生産に役立つと考えられるのが虫害対策です。ここでの主役は、前編でもご紹介した、小胞体から形成される細胞内小器官として発見したERボディです。アブラナ科植物に特異的なERボディは、グルコシダーゼという酵素を大量に蓄積しています。これが何をしているかと言うと、虫が葉をかじると、細胞が破壊されて、ERボディのグルコシダーゼが、液胞に貯められていた化合物(グルコシノレート)に作用して、揮発性の忌避物質を生産・放出するというものです。虫は、この臭いで逃げていきます。

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ERボディのグルコシダーゼと液胞にあるグルコシノレートとが反応してできる忌避物質の臭いを、虫は嫌がる
(西村氏提供)

 ERボディをもたない植物にERボディを形成させる方法も見つけました。最近は、ゲノム編集も可能になったので、さまざまな作物への応用も可能だと思います。こういう研究が社会課題解決につながりそうですが、もっと社会と基礎科学の連携を深めていかなければなりませんね。また、大学では、学部間の壁をなくすことがとても重要だと思っています。 【次ページ】日本の科学力低迷を招いた「1人PI研究室」とは?

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