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  • 2023/12/13 掲載

金融引き締めが後手に回る?高まる「ビハインド・ザ・カーブ」への懸念は杞憂なワケ

【連載】エコノミスト藤代宏一の「金融政策徹底解剖」

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本連載の前回記事「日銀の利上げ時期がいよいよ確定か、賃金は大幅上昇?円高?そのあと何が起きるのか」のあと、日銀のマイナス金利解除を巡る報道が本格化し、大幅な円高も進行した。いま話題になっているのは、日銀の金融引き締めが後手に回ってしまい、インフレ率が想定以上に加速することで急速な利上げを迫られる、いわゆるビハインド・ザ・カーブに陥るとの懸念の声だ。本当にそういう事態が起きうるのか、現在の金融情勢と今後の動きについて、第一生命経済研究所の藤代宏一氏が解説する。

執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 藤代宏一

執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 藤代宏一

2005年、第一生命保険入社。2008年、みずほ証券出向。2010年、第一生命経済研究所出向を経て、内閣府経済財政分析担当へ出向し、2年間「経済財政白書」の執筆、「月例経済報告」の作成を担当する。2012年に帰任し、その後第一生命保険より転籍。2015年4月より現職。2018年、参議院予算委員会調査室客員調査員を兼務。早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)。担当領域は、金融市場全般。

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2024年の賃金上昇率は2023年度を超す可能性が浮上してきたが、物価上昇率を上振れ方向に脅かすほどではない
(Photo/Shutterstock.com)

鈍化する賃金上昇率の伸び

 10月の毎月勤労統計によると、ヘッドラインである現金給与総額は前年比プラス1.5%と、確報でプラス0.6%へと下方修正された9月から加速したものの、5月のプラス2.9%をピークに鈍化している。

 このところ確報段階で下方修正される傾向が目立っていることを踏まえれば、10月速報値も下方修正される可能性が高い。このうち基本給に相当する概念である所定内給与はプラス1.4%と2022年度対比で加速傾向にあるものの頭打ち感が強まっており、所定外給与(≒残業代)に至ってはマイナス0.1%と弱さがみられている。

 特別給与はプラス7.5%と増加したが、それでも全体の賃金上昇率が緩慢であることに変わりはない。なお、基調的な賃金を把握する上で重視すべき一般労働者(≒正社員)の所定内給与はプラス1.7%とまずまずの高水準を維持した。

 他方、サンプル変更の影響を受けにくい共通事業所版では、現金給与総額が前年比プラス2.6%、所定内給与がプラス2.2%、所定外給与がプラス1.1%、特別給与がプラス26.3%といずれも強かった。

 一般労働者の所定内給与は、どちらの尺度で見ても春闘賃上げ率(連合発表、ベア相当部分)に整合的な2%程度で推移しており、それ自体は企業の賃金設定スタンスの変容を物語っている。

 ただし、(通常版の)所定外給与の減速は要注意。国内のペントアップデマンドが一巡しつつあるほか、海外経済の減速が響いていると考えられる。また「固定費である基本給の増加をその他の削減によって相殺する」というデフレーショナリーな企業経営の残存を疑わざるを得ない。

 円安等によって海外事業の利益が好調であっても、国内事業の低成長を理由に賃上げが見送られている可能性などが浮かび上がる。

 このように毎月勤労統計の所定内給与は2%をやや下回る水準で推移し、2024年度も同程度かそれ以上の推移が予想され、いずれも1990年代半ば以来の強い伸びとなるが、それでも2%程度の領域にすぎない。この伸び率は賃金インフレと呼ぶにはふさわしくなく、ましてやそれに金融引き締めを講じるのは違和感を禁じ得ない。

「値上げなきインフレ率拡大」といえる現状

 そしてここへ来て物価上昇率も下がり始めている。11月の東京都区部CPI(除く生鮮食品)は前年比プラス2.3%まで縮小。実質個人消費支出が2四半期でマイナスとなり、景気ウォッチャー調査が低下基調に転じるなど個人消費の弱さを浮き彫りにするデータが増加する中、企業が値下げによって需要を掘り起こそうとする姿が垣間見える。

 11月データを基にすれば、10月の段階ではいずれの尺度も2%を超えていた日銀算出の「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」も鈍化する公算が大きく、物価上昇率のモメンタム鈍化がより可視的になりそうだ。

 日銀が3カ月に一度発表する経済・物価の展望レポートによれば2024年度の物価見通しはプラス2.8%と高インフレが続き、3年連続で2%超の物価目標上振れとなる。

 ただしこれが本当の意味で2%程度のインフレ定着を意味するかと言えば、それは微妙だ。というのも、2024年度の高い伸びは電気・ガス代の負担軽減策の縮小、すなわちベースエフェクトによるところが大きいからだ。

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物価目標は政府が実施する電気・ガス価格激変緩和対策事業による影響を大きく受ける
(Photo/Shutterstock.com)

 エネルギーの輸入価格が急上昇した局面(主に2022年)に発現するはずだったインフレの繰り延べに過ぎず、実際に企業が自らの意思で値上げを実施する、本来的な意味におけるインフレとはやや性格が異なる。

 いわば「値上げなきインフレ率拡大」という側面を有しており、そうした下では2025年度以降の予想インフレ率は徐々に低下していく可能性がある。こうした観点からも日銀がインフレ抑制を目的とする連続利上げに踏み切る姿は想像しにくい。 【次ページ】慌ただしくなってきたマイナス金利解除を巡る日銀の動き

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