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2010年09月10日

『デフレ不況 日本銀行の大罪』著者 田中秀臣氏インタビュー

【田中秀臣氏インタビュー】日本をデフレから救うのは、凡庸だが最良の処方箋の「リフレ政策」

日本では10年以上に渡って事実上デフレ(物価下落)が続いている。その原因として、日本の中央銀行、すなわち日本銀行による誤った金融政策があることを厳しく批判した田中秀臣氏の著書『デフレ不況 日本銀行の大罪』(朝日新聞出版)が出版された。日本のデフレ不況と日本銀行の関係、またそれを打破する「リフレ政策」とは何か、など多方面にまたがるお話を伺った。

「物価が下がる」というより「私たちの財布の中身が減っている」

 ――田中先生のご著書『デフレ不況 日本銀行の大罪』(以下、『デフレ不況』)ですが、「日本銀行(日銀)にはどんなミッションがあるのか」という基礎的なところから入り、その歴史までカバーされていて、通読することでまず「日本銀行とはどういう組織か」が一通りわかる作りになっていますね。棚卸し的というか、田中先生のこれまでの集大成といった感じする本だなと思いました。最初に日本経済の現状についてからお伺いしていきたいのですが。

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『デフレ不況 日本銀行の大罪』

 田中秀臣氏(以下、田中氏)■失業率とか倒産件数なんかは、世界同時不況が始まったアメリカやイギリスよりも、日本の方が深刻になっていますね。数字だけ見ると日本の失業率は5%台で、アメリカは10%台とかなんだけど、中身がまったく違っていますね。よく言われることなんだけど、アメリカやイギリスの失業率は景気が悪くなるといきなり上がる、その代わり景気が回復すると一気に低下します。

 一方、日本は景気が悪くなってもなかなかリストラしない。人員配置とかよその会社に出向させるとか、相変わらずそういう手法をとっている。だから非正規雇用の人たちのリストラで調整するんですね。昔も今もパート主婦が中心ではあるけど、ここ20年くらいで、20代後半〜30代後半くらいの若い人たちがかなり増えてきた。この人たちを大きく含む現在の非正規雇用者に対して大規模なリストラが生じてしまうと、モロに生活を脅かすことだから、それが若い世代の逼迫感にも繋がってるんじゃないでしょうか。アメリカやイギリスに比べて、日本の若い世代の生活価値がより低下しているなっていうのが実感としてあります。

 ――そこで問題となってくるのが、本のタイトルにも出ている「デフレ」ですね。

 田中氏■そうです。なぜ日本の経済的な落ち込みが激しいのか? もともとはリーマンショックの影響なわけですよ。アメリカやイギリスが発祥地なのに、なぜ日本の方が深刻な状態なのか? その深刻さの度合いを測るのが「デフレ」という基準です。デフレとは人々が消費する財やサービスの平均価格が下落しているということです。価格が下がるのはいいことじゃないか、みたいな意見もありますが、実はこの裏には「物が売れないから値段が下がっている」ということがあるんですね。

 物の値段が下がっているということは、言い換えると、物を作っている人たちの財布の中身がどんどん減っていくということなんです。だから「物価が下がる」よりも、「私たちの財布の中身が減っている」って考えた方が、デフレのもたらす「悪」っていうのがわかりやすいんじゃないかと思います。

 ――リーマンショックの発祥は外国なのに、日本の落ち込みの方がよりひどいようですね。

 田中氏■はっきり言って、今、日本だけがデフレなんですよね。例えばスイスとかデンマークはデフレに陥ったけど、政府と中央銀行が一体化してそのデフレを脱したんです。今のところアメリカもヨーロッパもデフレ回避には成功しています。もっとも完全に回復はしていないので、常にデフレに落っこっちゃう危険は秘めていますけど。そういった意味では海外も不安材料はある。でも日本だけは一貫してデフレです。

 こうしたデフレ不況を解消するにはどうしたらいいか? ここで登場するのが貨幣を発行している日本銀行です。これは中央銀行といって、各国に必ず1つはある、通貨を発行する銀行ですね。この状況において、中央銀行はより多くの貨幣を国民皆に供給しなくちゃならないわけです。そうすれば、デフレ不況というのは基本的には解決できるからです。極論すれば、これがすべてと言っていいでしょう。

 ――つまり日本の中央銀行、すなわち日本銀行は充分な貨幣の供給ができていない、それがデフレの原因であるということですね?

 田中氏■日本銀行はこの20年間デフレを放置していた。つまりやるべき仕事をまったくやっていなかったということです。日本銀行法といって、日本銀行が守らなければならない法律がありまして、その中に「日本銀行は、通貨及び金融の調整を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもってその理念とする」というのがあるのですが、まったく守られていない。デフレというのは、マイナス1%で20年間続けばそれで安定と呼べるものではありません。日本銀行もようやくそのことを認めました。素晴らしいことです。ただ、20年間もかけてようやく、っていうのは問題ですけど(笑)。

 ――小さいけれど大きな1歩、ですか。20年で1歩(笑)。

 田中氏■(笑)。さっきも言ったように、デフレっていうのは物と貨幣との相対関係だから、貨幣の量を増やしていけばやがてデフレは解消するんです。でも日本銀行は「デフレである」ということは認めたものの、「デフレを解消する能力は日本銀行にはありません」と言ってしまってるんです。そういったわけで、この本の副題にもなっている「日本銀行の大罪」、つまり犯罪行為をいまだに継続中というのが僕の認識で、この本は一冊丸ごとそれに充てているのですね。デフレが放置されているということは物価の安定が守られていない、言い換えれば国民経済の健全な成長が妨げられているということです。さらに言えば、私たちの財布の中身がどんどん縮小して貧しくなっている状況を日本銀行は放置している。

 ――素朴な疑問として、なぜそんなことが許されてしまうんでしょうか?

 田中氏■まず日本銀行は、法律上、政府とは独立した機関です。でも独立の意味をマスコミは間違えていることが多いのです。国民や政府に対して何も責任を取らない、何をやってもいい組織なんて現実にあろうはずがありません(笑)。当然、民主主義の統制下に入っているわけですからね。

 そもそも日本銀行は、日本経済を健全に成長させなければならないという責務を負っている――つまり責任が発生しているはずなんですが、日本銀行法は責任を取らせるシステムに欠陥があるんです。物価安定に失敗しても日本銀行総裁や日本銀行の政策を決めている人たち、すなわち政策委員に責任を取らせるシステムがまったくない。つまり失敗しても詫びる必要もなければ、説明する義務さえもない。だから20年間実質上デフレが続いても誰も責任を取らず、詭弁に詭弁を重ねている。

 ――すごい話ですね。

 田中氏■また、どの国においても、政府と中央銀行はお互いに目的をもって協調し合わなければならない。それは当たり前過ぎて条文として書いていないくらい常識的なことです。ところが日本においては、日本銀行と政府が公式に交渉する場はないんです。例えば、日本銀行の政策を決める政策決定会合に、政府はオブザーバーとして来るんだけど、あくまでもオブザーバーですから審議に加わることはできません。そして、それ以外にこれといった場もなかったですね。最近、ようやく新成長戦略実現会議に総裁も参加しますが、たぶん参加するだけで、なんらの具体的な目標も、それに伴う強制力を伴うコミットの表明もないでしょう。「いつまでにデフレを脱却します」とかね。せいぜい日本銀行が現状で信じている自然治癒の2年後とか長期のスパンの見通しを語るぐらいですね。積極的に責任を引き受けるのではなく、リーマンショック以後2年近くも言われていた政府と日本銀行の政策協議の場を形式的に埋めるというセレモニーの場、いいかえれば責任追及からの隠れ蓑となるでしょうね。

 要するに、日本銀行は何やってもいいし、自らの政策の評価を政府に提示する義務も基本的にはありません。国会に出てくれば、それはそれに応じて話しますが、まあ、一種の儀礼と化していて緊張感はほぼゼロです。自らの仕事の結果について責任を負わなくてするように法律ができていますから気楽なものです。他の国は公式な場として政府と頻繁に交渉する機会があるし、それこそこういう危機のときはなおさら密接に連絡を取り合うわけですけど、日本においてそういった痕跡はまったくと言っていいほど見えませんね。首相と総裁が会うだけでもビックイベント扱いで、それがニュースの目玉になってしまった。信じられませんね。まさに法制度の不備がこういった事態をもたらしていると言えるかもしれませんね。

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