――『日経ビジネスオンライン』の連載「ア・ピース・オブ・警句」(以下、「警句」)に収められたコラムの多くは、小田嶋さん個人の「違和感」を出発点に書かれているという印象があります。テーマを選ぶ基準や、選び方について教えてください。
小田嶋隆氏(以下、小田嶋氏)■連載開始当初は、世の中に出回っている言葉(キーワード)を挙げていき、それに絡めて何かを書くということだったんです。原稿用紙5枚くらいの分量で、例えば「草食系」って言葉が気になれば、本来はこういう意味なんだろうけど自分はこう思うんだ、という話を展開するわけですね。それくらいの、いわば箸置きみたいなものを考えていました。でも途中からだいぶ長くなっちゃったんですよね。
『地雷を踏む勇気』
――なぜ長くなったんですか?
小田嶋氏■時々、『日経ビジネスオンライン』のコメント欄に「金欲しさに長くしてるんだろ」とか書かれるんですけど、長くても短くても原稿料は一緒ですから(笑)。あと、短いから楽で長いから大変とか、そういうこともないんですよ。ある時、何かの原稿が長くなってしまって、編集者に「今回は削れなくて……」と言ってみたら、「別に構いません、長いぶんにはOKです」とのことで。それ以来、ですね。
本来であれば、本題からズレてしまっても、何千文字オーバーしてもとにかく通して書いてしまい、最後に削って定型的な、引き締まった形にする、というのが私の文章の書き方なんです。でも、Webだとズレてしまった部分も全部入れることができる。で、それも流して読んでもらえたらいいのかな、と。書き方というよりも、編集の仕方の問題ですね。
――ある程度長さがあると、書き手の思考の流れみたいなものが見えて面白いですよね。
小田嶋氏■でも、それが好きな人と嫌いな人がいるんです。コラムらしくきれいに話が流れていって、最後にストンと着地する、そういうのを想定している読者は「おい、この話どこに行くんだ?」って思うわけで。だから最初のうちは、きれいに落ちる、わかりやすいテーマを選んでいました。でも長くなってしまってからは、「これはやっかいだな」「これどういうことなの?」と考えあぐねてしまうようなことをテーマに選ぶようになって、それが『地雷を踏む勇気』(以下、『地雷』)における地雷感とかに繋がっていったんじゃないでしょうか(笑)。
これがもし紙媒体での短いものだったとしたら、きれいに論旨が運べないから、やっかいなテーマにはあまり手を出さなかったと思うんです。きっちりしたコラムだと、落しどころがあって論理の流れがあって、というのが大前提になので、「警句」で取り上げたようなテーマは荷が重いわけです。なので、そういう意味では、この連載が始まってから私の書き方が変わったとも言えますね。本来の意味でのコラムニストって、きちんと自分が料理できる素材で、見栄えよくチャチャっと気の利いたものを作っちゃう人、ってイメージですよね。包丁技の冴え、みたいな。でも私のは焼いたり叩いたり煮込んだり、しかもなんだかよく分からない食材も入っていて、もうゴチャゴチャ(笑)。
――闇鍋みたいに何が入っているか分からない(笑)。
小田嶋氏■少し前にTPPについて書いた回がそうだったんですが、何かについて「どうなんだろう?」って考える過程を見せる論説があってもいいんじゃないかなって。あっちから見ればこう見られるし、こっちから見ればああ見える。だからあの回は「あ、ちゃんと着地しなかったね、ちゃんちゃん」みたいなものになっているんです。ただ、いくつかの問題については、クリアカットに「こうですよ」って言えるものではないし、言っている人の論議っていうのも非常に貧しかったりする。TPPにしても、賛成派も反対派も分かり切ったことを妥協点もなく言っているに過ぎないわけで、だったら真ん中に立って「分かんない」って言ってる方が、いっそ信頼できるんじゃないかなって。
論壇にいる人たちって、AかBかどちらかの結論を持ってからじゃないと議論に参加できないでしょ? だから、この「分からない」っていうのは、私にとって新しいスタンスだったわけです。『この〈正義〉が危ない』(以下、『正義』)の前書きで、「正義」について書いているんですが、マイケル・サンデル的な議論の運び方とでもいうのかな、結論ありきで何かを言うことが正義とされる、そんな考え方に対する気持ちの悪さは持っていますね。