- 2026/03/05 掲載
また値上げか…米イラン攻撃が日本の物価や日銀の金融政策に与える影響とは?
ホルムズ海峡危機で原油が急騰する理由
イランと米国の対立激化により、中東のホルムズ海峡を巡る地政学リスクが原油市場を激しく揺さぶっている。同海峡は世界の原油供給量の約20%が通過する戦略的チョークポイントである。ここでの航行リスクの急伸は、単なる心理的な供給不安にとどまらず、輸送コストの物理的かつ劇的な跳ね上がりを引き起こす構造を持つ。第1の要因は、海峡通行の急減と保険引き受け停止、それに伴う迂回航路への移行によるコスト増である。ロンドンの保険市場などでは、紛争地域周辺を航行する船舶に対する戦時保険料率が、平時の船体価値の0.05%未満から1%超へと急騰する事態が起きている。
保険引き受けが完全に停止されれば、商船は事実上の航行不能に陥る。これにより、海運各社はアフリカ大陸南端の喜望峰などを経由する迂回ルートへの変更を余儀なくされる。ペルシャ湾からアジアや欧州に向かう航路を喜望峰経由に迂回させた場合、航海日数は片道で10日から15日ほど延長され、燃料消費量や労務費が膨張する。
こうした構造的なコスト増は、需要の強い中国向けの超大型油槽船(VLCC)の傭船料急騰に直結している。英海運専門紙「ロイズ・リスト」の報道や過去のデータによれば、海峡周辺の緊迫化時にはVLCCの1日当たり傭船料が10万ドルを突破するケースが確認されており、現在も主要船社が航行見合わせや迂回を決定すれば、同規模の運賃高騰が避けられない状況にある。
第2の要因は、市場が織り込む「供給不安プレミアム」の存在である。国際指標となる北海ブレント原油先物価格は、現在の実体経済に基づく需給バランスから乖離し、将来の供給途絶リスクを先取りする形で上昇圧力を受けている。
米金融大手モルガン・スタンレーの試算などを総合すると、ホルムズ海峡における物理的なタンカー航行が1カ月間完全に遮断される最悪のシナリオでは、原油価格に1バレル当たり20ドル以上のプレミアムが上乗せされると予測されている。仮に実際の供給遮断が起きずとも、軍事的な緊張状態が継続するだけで、常に1バレル当たり5ドルから10ドルの不確実性プレミアムが価格に内包され続ける。
金融市場ではヘッジファンドなどの投機筋が、イランによる報復攻撃の規模や親イラン武装組織の動向に神経をとがらせ、原油の買い越し残高を積み上げている。原油価格が1バレル当たり90ドル台で高止まりすれば、世界的なインフレの火種は消えることなくくすぶり続ける。
さらに、この供給不安プレミアムは、他のエネルギー価格にも連鎖する。ホルムズ海峡は液化天然ガス(LNG)の約20%が通過する要衝でもあり、原油のみならずエネルギー全般の調達コストを押し上げる。産油国の増産余力が限定的な中、中東リスクという地政学的な変数が市場を支配する展開は、今後数カ月間にわたり続く公算が大きい。
ENEOSやJERAが直面する価格転嫁の現実
原油価格の急騰は、日本のエネルギー大手企業の経営や、家計を直撃する小売価格に深刻な影響を及ぼす。石油元売り最大手のENEOSや出光興産、そして国内発電量の大半を占めるJERAが直面しているのは、仕入れコストの急騰をいかに最終価格へ転嫁するかというタイムラグの問題である。元売り各社の場合、卸価格の改定がガソリンスタンドなどの小売価格に波及するまでには、明確な順番と時間差が存在する。ENEOSや出光興産は通常、国際的な原油価格の指標や為替相場の変動に基づき、1週間単位で系列販売店向けの卸価格(仕切り値)を見直している。
しかし、日本エネルギー経済研究所の分析等にも示される通り、この卸価格の上昇が末端のレギュラーガソリン価格に完全に反映されるには、販売店が保有する地下タンクの在庫が入れ替わる約1週間から2週間の時差が生じる。
さらに現在は、政府による燃料油価格激変緩和対策事業の補助金が投入されており、小売価格の急騰は人為的に抑制されている。
だが、原油高が長期化して補助金の基準となる上限額を超過すれば、最終的には1リットル当たり180円を超える水準まで消費者の負担増が直結する。元売りにとっては、原油高の初期局面において保有在庫の評価益による短期的な利益増が見込めるものの、販売価格上昇による実需の減退という経営リスクと背中合わせの状況が続く。
その半面、発電事業を担うJERAにおけるコスト転嫁のメカニズムは、さらに強い遅行性を持つ。JERAは火力発電の燃料となるLNGや石炭の大部分を海外から輸入している。LNGの長期契約価格は原油価格に連動する方式が多く、原油高はそのまま調達コストを巨額に押し上げる。
しかし、このコスト増が家庭や企業の電力料金へ反映されるまでには、「燃料費調整制度」による数カ月の時差が生じる構造となっている。具体的には、ある3カ月間の平均燃料価格の実績が、その2カ月後(算定期間の最終月から数えると3カ月後から5カ月後)の電気料金に上乗せされる仕組みだ。
つまり、足元で発生した中東情勢緊迫化に伴うエネルギー価格の急騰は、すぐには電気料金を引き上げず、およそ6カ月近いラグを経てから家計に重くのしかかる。この間、電力会社は調達コストの先行発生による短期的なキャッシュフローの悪化(期ずれ差損)を負担せざるを得ず、財務面での負荷が高まる。この時差の存在が、日本経済全体の物価上昇のピークを意図せず後ろ倒しにする要因となっている。
特にJERAのような巨大な調達規模を持つ企業では、1カ月間の燃料費の変動が多額のコスト増減に直結する。為替予約や長期契約によるヘッジを行っているものの、想定を超える原油高と円安の同時進行は、ヘッジの枠組みを超えたリスクとなる。
結果として、ガソリン価格の即時的な上昇と、遅れてやってくる電気代の高騰という2段階の波が、国民生活を圧迫するシナリオが現実味を帯びている。 【次ページ】日銀の追加利上げシナリオと想定外ショック
インフレのおすすめコンテンツ
PR
PR
PR