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  • 2022/02/15 掲載

炭素税の根拠「ピグー税」を解説、「誰がお金を払うか」を判断するには

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気候変動と経済の関連をモデル化し、長期的に予測するための「DICEモデル」に基づき具体的な気候変動対策を進めるためには「負の外部性」に対応する政策を練らねばならない。そこで出てくる概念が「ピグー税」だ。ピグー税とは何か? 「誰がお金を払うか」を判断する方法など、企業担当者も知るべき理論を解説する。

取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

取材、執筆:星 暁雄、構成:編集部 山田 竜司、写真:大参 久人

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副島 豊氏(左)と武藤 一郎氏(右)



炭素税やグリーン対応化補助金の理論的根拠となる「ピグー税」

──前回は、気候変動と経済の関連をモデル化して長期的な予測を行う「DICEモデル」のお話を中心にお聞きしました。そこでDICEモデルに基づき具体的な気候変動対策を進めるにあたり、「負の外部性」に対応する政策としての「ピグー税」という概念があるということでした。今回は、ピグー税について教えてください。

武藤 一郎氏(以下、武藤氏):気候変動に対して、課税により対策を図る政策があり得ます。そのような政策の理論的なベースとなるものが、ピグー税の概念です。気候変動に対するピグー税について、どのような研究があるのかを調査しました。

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日本銀行
金融研究所
経済ファイナンス研究課長
武藤 一郎氏

 経済学の言葉では、気候変動問題は「負の外部性」の一種として語られる場合が多いですね。ある企業が温室効果ガス(CO2)を排出し、それが気候に悪影響を及ぼしたとき、これは市場取引を通さずに(CO2排出に企業がコストを払うことなく)他の企業や人々の生活に影響するという意味で、市場の「外部性」と呼ばれています。経済学の基本的な考え方では、このような市場の外部性の問題には、普通は政府が対処しなければなりません。

 「ピグー税」は、1920年代に活躍したイギリスの経済学者アーサー・ピグーが提唱したものです。外部性が社会的コストをもたらすなら、政府がそれに見合う課税をすることで解決を図ろうとする政策を、ピグー税と呼びます。

 気候変動という外部性に対応するため、ピグー税の考え方に基づき化石燃料の利用に対して課税することを考えてみましょう。課税などによる気候変動対策をしないと、どんどん化石燃料が燃やされて温室効果ガスが放出され続けます。課税することにより、化石燃料によるエネルギーの利用を抑制できます。

 このピグー税に関する理論的な研究では、最適な課税はGDP(国内総生産)の経済規模の一定割合として決まります。非常にシンプルな結論です。

画像
シンプルな最適課税を導出
(出所:日本銀行金融研究所)

 これを直感的な言葉で言い換えると、まず経済が成長するとGDPがどんどん大きくなります。それに応じて温室効果ガスの排出量も大きくなり、社会的コストも増えます。温室効果ガスを抑制するために必要な課税額もGDPに応じて大きくなってしまう。そのようなことが、理論的な研究から導かれています。

──現状、各国は「炭素税」の課税を行っていますが、これは理論に照らして妥当な税率なのでしょうか。

副島 豊氏(以下、副島氏):最近の研究によれば、現実の税率は最適税率を大きく下回っていると言われています。とはいっても、政策を実施する場合、理論的に求めた税率を社会がすぐに受け入れるとは限りません。まず許容可能な税率から始めないといけません。そして、導いた税率が妥当かどうかの検討のためにも研究の蓄積を積み上げていく必要があります。

 ピグー税は経済学の概念なので、実社会の物事を非常に単純化しています。文字通りの課税でなくても、別の方法で取引を抑制することもできます。たとえば排出権取引です。また、技術進歩でよりクリーンな技術が実現できるなら、たとえば補助金を出すことで支援するやり方もあります。

「コースの定理」を応用した排出権の市場化

副島氏:ピグー税というと税金を取る話のように聞こえますが、実は「負の税金」もあり得ます。たとえば補助金です。さらに、税や補助金ではなく市場化、例えば排出権取引もソリューションとなります。

画像
日本銀行
金融研究所長
副島 豊氏

 その根拠となるのがミクロ経済学の「コースの定理」です。コースの定理は大事なことを2つ言っています。1つは市場化の効果です。コースの定理によれば、ある条件のもとでは負の外部性への対策を価格に乗せてしまえば、あとは市場原理が問題を解決してくれます。

 たとえば炭素税を乗せると、その分消費財は高価になるので買われなくなる。このように価格を通した調整のメカニズムを重視するわけです。そして市場化できるなら、必ずしも税金ではなくても同じ結果を得ることができます。補助金を出すと価格が安くなるから需要が拡大するという話です。

 コースの定理のもう1つ大事な点は、「誰が(負の外部効果をもたらす行為をやっていい)権利を持っているか」は、コストと便益の取り分には影響するが、社会的に最適な解はどちらがコストを負担することになっても、結局は同じ結果として得られるというちょっと意外な話です。つまり対策コストを「誰が負担するべきか」という議論と、「社会全体で望ましい状態は何か」という議論は分けて考えることができるという点です。

 教科書によく出てくる例でいうと、たとえば工場が煤煙を出すと、洗濯物を外に干しているクリーニング屋さんは煤煙が付くので商売ができなくなる。ここで普通に考えれば工場はクリーニング屋さんに保証金を払うべきだ、となります。補償額が高額なら、それを払うよりは煤煙除去装置を付けるインセンティブが働くでしょう。もともときれいな空気を満喫する権利がクリーニング屋さんにはあったのだから、工場がコストを負担するべきであると。これが1番目の考え方です。

 ところが別の考え方もあります。そこは工業地帯指定されており、工場は先に操業しており、クリーニング屋さんは後からやってきたとします。もともと煤煙が出ていることを受け入れて、土地を安く購入しお店を開いたと考えましょう。ここで、工場の側に煤煙を出す権利があると仮定しましょう。そういうときに、クリーニング屋さんの側は、「お金を私が払いますから、どうか工場に煤煙除去装置を付けてください」と言うかもしれません。これが2番目の考え方です。

 コースの定理の凄いところは、1番目でも2番目でも外部性を内部化・市場化すれば全体が望ましい状態に至るという結果は一緒だと言っているところです(このたとえだと、超大規模クリーニング企業を考えない限り、高額な煤煙除去装置をつけることで両者がハッピーとなるという結論にはなりにくいのですが)。

 ただし、1番目では工場からクリーニング屋さんの権利のためにお金が流れますが、2番目はお金の流れが正反対になります。ここで「誰がお金を出すのか」を決めるのは経済学の問題ではない、という考え方もあります。それは裁判所が決めることになるのかもしれません。

 気候変動問題では、1997年の京都議定書以来、ずっとこの「誰がお金を払うか」が問題になっています。近代の早い時期から温室効果ガスを大量に排出して成長し、現在はもっとエコな生産設備を備えるようになった先進国と、中国やインドのように後から成長した国、アフリカ諸国のようにこれから経済発展しようとしている国、どこが脱炭素のコストを負担するのか、という問題です。これはコスト負担の配分問題なので、簡単には合意が成立しません。

──現実の国際政治では、先進国が開発途上国に資金援助をしましょう、という方向で議論されていますよね。先日開かれたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)でも、日本は途上国への資金援助を約束しています。

【次ページ】資源や設備の性質で「代替の弾力性」が変わる

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