- 2026/06/16 掲載
日銀「利上げ」で景気は失速するのか? 物価高ニッポンが直面する“最大のジレンマ”(3/3)
サナエノミクスはアベノミクスの二番煎じ?
──アベノミクスから基本路線を継承するサナエノミクスですが、物価の安定を狙う日銀の利上げとどこまで歩調が合っているのでしょうか。永濱氏:実はサナエノミクスは、アベノミクスの二番煎じではありません。アベノミクスの最大の目的は、需要不足を解消してデフレから脱却することでした。当時はデフレでしたから、金融緩和、財政政策、成長戦略の3本柱で需要を作る必要があったわけです。
一方、サナエノミクスは目的が違います。今必要なのは、供給力を高めることによって、行き過ぎたインフレを抑制することです。
インフレが高まっている局面では、需要をさらに刺激するだけでは物価上昇を悪化させるリスクがあります。だからこそ、需要を膨らませる政策ではなく、供給制約を取り除き、生産性を引き上げる政策が必要になるわけです。
高市政権のスタンスも、これに近いと見ています。国内の供給力を高める財政政策や成長戦略を進める一方で、その足を引っ張らない程度に金融政策は正常化していく。つまり、金融緩和をどこまでも続けるという意味ではなく、成長投資と供給力強化を軸にしながら、日銀の利上げとも一定程度は両立し得る政策だということです。
高市政権の金融政策がハト派(利上げや引き締めに慎重な立場)と見られている理由の1つとして、総裁選の時にも高市首相が使用していた「高圧経済」という言葉があります。
高圧経済とは、金融緩和と積極的な財政政策であえて経済を「需要超過」の過熱状態にすることで、潜在成長率の引き上げを狙う考え方です。しかし現時点で高市総理は高圧経済という言葉は用いません。おそらく少し修正したのではないでしょうか。
今の高市政権のスタンスは、米国で議論されてきたモダン・サプライサイド・エコノミクス(MSSE)に近い。ジャネット・イエレン氏(2014年から2018年まで米連邦準備制度理事会(FRB)議長、2021年から2025年まで米財務長官)はFRB議長時代に「高圧経済」という考え方を示しました。1970年代に提唱された考え方をあらためて持ち出したことで当時注目されました。ただ、イエレン氏はその後バイデン政権で財務長官になったときには、「高圧経済」ではなく「モダン・サプライサイド・エコノミクス」という言い方をするようになった。ここが重要です。
高圧経済が、金融・財政政策を通じて需要を強く刺激し、その結果として供給力も高めようとする考え方だとすれば、モダン・サプライサイド・エコノミクスは、より直接的に供給力を高める分野へ財政を振り向ける考え方です。
つまり、人材、技術、インフラ、経済安全保障、エネルギー、AI、半導体といった分野に政府が重点的に投資し、研究開発やインフラ整備、教育などの人的資本の開発を通して経済の供給能力そのものを底上げする狙いです。
「積極財政」は「放漫財政」ではない
──AIや半導体、量子など政府による「戦略17分野」への重点投資をどう見ますか。永濱氏:「戦略17分野」への成長投資は政府が呼び水になり、民間投資を促す政策です。積極財政は放漫財政とイコールではありません。
AIそのもので日本が、米国の最先端に勝つのは簡単ではありませんが、AIを日本の得意分野と融合させることが今後重要です。いわゆるAIトランスフォーメーション(AX)によって、日本の経済社会構造を大きく変えていく。人口が減る中でも、生産性を高めて経済成長を維持する。そこに政策の重点が置かれていると思います。
世界経済の潮流も変わりました。かつては、グローバル化によって物価の安い地域から物やサービスを調達すればよかった。しかし、コロナやロシアのウクライナ侵攻を経て、必要な物資をいつでも海外から調達できるとは限らない時代になりました。経済安全保障の重要性が高まった以上、重要な物やサービスを国内で供給できる体制を整える必要があります。
これは民間企業だけに任せていては進みにくい分野です。企業は合理性や効率性、株主への還元を重視します。それ自体は重要ですが、経済安全保障や基幹産業の強化のように、短期的な採算だけでは進みにくい分野もあります。だからこそ、政府が一歩前に出て、必要な分野にお金を使う必要があります。
ただし、出すばかりではありません。必要ないところは絞る。補助金や租税特別措置の見直し、EBPM(証拠に基づく政策効果の検証)を通じて、効果の薄い政策は減らしていく。これが「責任ある積極財政」だと思います。積極財政は放漫財政ではありません。
利上げ後の“勝ち筋”は
──このままインフレ傾向は続きますか。永濱氏:利上げの状況下で足元の不確実性は高いものの、日本は普通のインフレ経済に戻りつつあります。日本経済はすでに長く続いたデフレの延長線上にはないことは確実です。長い目で見て株価が右肩上がりで上がっていく時代なのです。企業の価格転嫁メカニズムが復活し、名目GDPも拡大している。
そしてインフレになったことで現預金の実質的な価値は明確に下がっていく。もっとお金に働いてもらうということが重要になってきます。経済的に能動的に活動する人が恩恵を受けやすい世の中になった。
そして物価が上がり続けている時は、物価が上がるより前に早く買った人が得をします。つまり投資でも消費でも、インフレ経済に応じた意識の改革が求められてくる局面に入っているわけです。
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