- 2026/09/15 06:30 掲載
都心タワマンに「売れ残り」の異変…マンション暴落が始まる“2つの条件”(2/3)
日本の不動産を買いまくった「海外マネー」の正体
世界的な資源価格の高騰は、日本にも影響を及ぼした。低迷にあえいでいたマンション市場に、思わぬ高騰をもたらしたのである。その端緒となった資金は、海外からやってきた。
中国の経済成長によって、資源国には大量の資本が流れ込んだ。その資本は貪欲に運用先を求め、世界中のさまざまな市場を物色した。そこで目に留まったのが、日本の不動産市場である。
当時の日本はバブル崩壊後の不況に苦しみ、金融緩和を続けていた。政策金利はほぼゼロ。不動産を購入するための巨額資金を、1%未満の金利で調達できた。
その一方で、東京など都心の優良不動産の賃貸運用利回りは7~10%。少ない元手に低利融資を組み合わせて東京の不動産へ投資すれば、元金に対して年率20~30%もの利益を上げることも可能だったのである。
潤沢な資産を運用するファンドは、すさまじい勢いで日本の不動産を購入していった。
これが、いわゆる2000年代の「ファンドバブル」であり、2008年のリーマンショックまで続く。
「またバブルが来た」と見誤ったワケ
こうした状況によって、低迷していた首都圏のマンション市場は一気に活気づいた。あれよあれよという間に価格が上がり始めた。まだ平成のバブル景気の記憶が色濃く残っていたころである。バブル景気を経験した層の中には、この活況を当時と重ね合わせる向きもあった。
「また、バブルがやってきた」
そんな性急ともいえる見立てのもと、事業をどんどん拡大。バブル時代の勢いを取り戻したかのように、強気で事業用地を次々と購入した事業者も多い。
そこに襲い掛かったのが、2008年9月のリーマン・ブラザーズの経営破綻だ。
世界規模で金融市場が一気に冷え込み、年が明けた2009年には、日本も未曽有の不況に襲われる。マンションは途端に売れなくなり、デベロッパーは次々と倒産。上場企業の倒産が相次いで伝えられたのも、このころだった。
新築マンション市場はフリーズ状態に陥り、中古市場でも成約が極端に細った。
さらに追い打ちをかけたのが、2011年3月の東日本大震災だった。マンション市場の「冬」は続いた。このとき、マンション価格は新築、中古ともに値下がりした。ただし、1990年代後半の暴落に比べれば、値下がり幅は緩やかだった。
それでも市場には暗いムードが漂っていた。当時の民主党政権のもと、社会全体が閉塞感に覆われていた。
マンション市場へのカンフル剤「低金利」
しかし、明けない夜はない。自民党は2012年12月の総選挙で圧勝。2013年から、安倍政権によるアベノミクスが本格的に始まった。
日本銀行総裁に就任した黒田東彦氏が打ち出した異次元金融緩和は、日本経済を刺激するとともに、マンション市場にも低金利という強力なカンフル剤を打ち込んだ。
黒田氏が掲げた「物価上昇率2%」を達成できないまま低金利政策が長期化した結果、マンション価格は大幅に上昇。そこに襲い掛かったのが、2020年の新型コロナウイルス禍だった。
政府は大規模な経済対策を実施。その資金の一部は不動産市場にも流れ込み、2022年以降、マンション価格はさらに高騰した。
そして2025年には、誰が見ても「これはバブルではないか」と感じるほどの水準に達した。
マンション業界の中核を担う40代、50代のプレイヤーの多くは、平成のバブル崩壊を実務の現場では経験していない。30代の若手にとっては、リーマンショックでさえ「昔話」だ。
実際、アベノミクスが始まった2013年以来、マンション市場では長期的な価格上昇が続いてきた。
それ以前も含め、ここ30年以内に都心エリアでマンションを購入した人の多くは、資産価値が買値を上回る状況を経験している。
それもあって、2022年以降に大きく値上がりしたマンションを、20代や30代の若い世代がペアローン(夫婦がそれぞれ住宅ローンを組み、1つの住宅を購入する方式)や40年、50年返済という長期ローンを利用して買い続けた。
しかし、そんな状態がいつまでも続くとは限らない。歴史を振り返れば、バブルはいずれ転換点を迎えてきたからだ。 【次ページ】 都心・湾岸で異変、「高値物件」が売れなくなった
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