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  • 2019/11/15

これから「社会は良くなる」が「生きることは難しくなる」と言えるワケ (2/2)

連載:橘 玲のデジタル生存戦略(3)

 「ゆうこす」は元アイドルの実業家で、『共感SNS 丸く尖る発信で仕事を創る』という本を書いています。SNSのことをよく知らないので、勉強のつもりで手に取ったのですが、正直、驚きました。

 アイドルを辞めざるを得なくなったあと、「ゆうこす」は独立してSNSを始めるのですが、元アイドルという肩書だけで2万人のTwitterのフォロワーがつきました。そこで「イベントをやったらどう?」と勧められて、100人規模のスペースを確保して3000円のチケットで募集したところ、実際にやって来たのはたった3人だったそうです。面白半分でフォロワーになった男性ファンたちは、わざわざイベントに来てお金を使おうなどとはしかなったのです。

 「ゆうこす」がスゴいのは、この失敗から、「こんなんじゃだめだ、どうしたらSNSを使って生きていけるのか」ということを真剣に考え、これまでの男性ファンをすべて捨てて、新しく女の子のファンをつくることに活路を見出したことです。

 ターゲットは都会のおしゃれな女の子ではなく、地方在住の、「おしゃれには興味があるし男の子にもモテたいけど、どうしたらいいか分からない」という女の子たち。そんな女の子が、今より少しかわいくなって、モテるようになるためにどうしたらいいのかを発信する「モテクリエイター」という、世界にひとつしかない職業を生み出したのです。

 『共感SNS』では、ニッチ層にSNSで訴求して「熱量のあるファン」を増やし、共感を得ながらビジネスを大きくしていく戦略がロジカルに説明されていて、そのままMBAの教科書としても使えるレベルです。自分が生きていけるニッチな市場を探し、SNSでの評判をいかに共感に変えてマネタイズするかを論理化し、実践するのはほんとうにすごいと思いました。

 一方、「レンタルなんもしない人」は、国立大学の大学院を出て就職したものの、まったく組織に合わなくて早々に退職した男性です。その後、結婚して子どももできたため、「このままじゃいかん」と思って自分に何ができるのかひたすら考えた挙句、出た結論が「何もない」でした。

 しかしそこから、「何もできない」ことを逆手にとってSNSでサービスを始めます。「僕をレンタルしてください。だけど何もしません」と。すると、それがわかっていてレンタルする人が出てくる。

 どういうニーズかというと、「公園でブランコに乗りたいんだけど、一人で乗っていると変だから見ていてください」とか、「引っ越してこの街を出て行くけど、一人で去っていくのは寂しいから手を振ってください」とか。

 そういうニーズが結構あって、体験をツイートしていくとSNSで話題になり、どんどんフォロワーが増えていく。「レンタルなんもしない人」は(交通費以外は)無料のサービスなので、それで生活できているというわけではないようですが、今や本も出すしテレビにも出る有名人になりました。

 ユーチューバーを筆頭に、インターネットやSNSという新しいプラットフォームを利用してこれまではまったく考えられなかった仕事や生き方をする若者たちが登場してきました。それも、同じSNSを使いながら、元アイドルの女の子(失礼)がロジカルにビジネスを語り、国立大学大学院卒の男性がビジネスから撤退していくというのも、現代を象徴していて面白いと思います。

 2010年の『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』で書いたのですが、「ナンバーワン」にならなくても、複雑で多様な自由市場にはあちこちにニッチがあるので、その中でもっとも自分らしく生きていける場所を見つければいいんです。英語圏などではマーケット自体が巨大だから、変わったことする人がそこそこ生活できるというのは昔からありました。SNSの登場で、今では日本(日本語)のようなローカルマーケットでも同じことができるようになったのです。

 私がこれに気がついたのは30代後半だったのに、それと同じことを「ゆうこす」は実践しています。「なぜ20代でこんなことを知っているんだ!?」と思いましたね(笑)。

社会は良くなる代わりに、生きることは難しくなっていく

 高度化する知識社会では社会の流動性はますます高まっていきます。性別、性的志向、国籍などで社会的に排除されていても、そこから「なりあがる」道が開けたことは、社会の底辺で生きていかざるを得なかったマイノリティにとっては大きな福音でしょう。

 日本は「先進国のふりをした前近代的な身分制社会」なので、「日本人・男性・有名大学卒・中高年」という属性をもつ「おっさん」が社会を支配してきました。それが今では男女平等が当たり前になり、LGBTなどの性的少数者の権利も認められるようになったのだから、大きな進歩であることは間違いありません。

 しかしほとんどの場合、よいことと悪いことはトレードオフです。自由や人権が認められるにつれて、「よい大学を出て大きな会社に入れば一生安泰に暮らせる」というシンプルな人生設計は通用しなくなってきました。すべての人に転落するリスクがあって、それを個人の責任で引き受けなくてはならなくなったのです。これが、ドイツの社会学者ウルリッヒ・ベックのいう「リスク社会」です。

 女性参政権や黒人の公民権運動など、マイノリティの権利が拡大するだけでは社会は動揺しません。1960年代の「権利革命」でたしかに社会は混乱しましたが、その後に訪れたのは空前の豊かな時代でした。

 現在起きていることは、「白人」や「男性」などのマジョリティが分断され、主観的には「マイノリティのさらに下」に落ちる人たちが急速に増えてきていることです。この現象は先進国を中心に世界中で起きていて、日本ではネットスラングで「上級国民/下級国民」と呼ばれます。アメリカ(トランプ大統領)やイギリス(ブレグジット)、フランス(黄色ベストデモ)などで社会が大きく動揺しているのは、これまで社会の主流だった白人男性が分断され、その多くが「下級国民」になったからです。

 前期近代ではリスクは社会化されていて、家や地域、会社などの「共同体」が支えてくれました。その代わり、個人が自由に生きる(自己実現する)ことはきびしく制限されたのです。

 ところが後期近代では、自由と自己実現がもっとも重要な価値になると同時に、「共同体」が解体されて一人ひとりがそれぞれのリスクを背負うことになりました。その結果、人生がものすごく複雑になって、「平和でゆたかで自由になったのに生きるのがすごく難しい」という皮肉なことになってしまったのです。

 知識社会化もグローバル化もリベラル化も、もはや後戻りはできなくなっています。だとすれば、私たちはそうした社会でなんとかやっていくしかありません。これが今、起きていることなのだと思います。
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