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  • これから「社会は良くなる」が「生きることは難しくなる」と言えるワケ

  • 2019/11/15

これから「社会は良くなる」が「生きることは難しくなる」と言えるワケ

連載:橘 玲のデジタル生存戦略(3)

2019年8月、橘玲氏は『上級国民/下級国民』を上梓した。この中で、世界のリベラル化・知識社会化により、総論として社会は良くなっていくものの、先進国のマジョリティ層が上級国民と下級国民に分断されて対立するという構図を同氏は明らかにした。社会は良くなるのに「生きるのは難しくなる」とはどういうことか。橘氏に解説してもらった。

作家 橘 玲

作家 橘 玲

2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部を超えるベストセラーに。06年『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。

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社会は良くなっても、生きることは難しくなる
(Photo/Getty Images)

誰一人テクノロジーが理解できなくなる時代が来る

 つい最近『上級国民/下級国民』という本を出しました。これは、「知識社会化・リベラル化・グローバル化」という巨大な潮流の中、世界が総体としてはゆたかになり、全体として人々は幸福になるけれど、先進国のマジョリティが「上級国民」と「下級国民」に分断されていくという話です。トランプが大統領になったアメリカや、ブレグジット(EUからの離脱)で揺れるイギリスがこの典型ですが、日本も例外ではありません。

 この本の中で、テクノロジーのシンギュラリティの話をしています。グーグルの研究機関“X”のCEOが描いたもので、人間の認知能力は一次関数でしか向上しないのに対し、テクノロジーは指数関数的に進歩していくことを表わしています(図1)。

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図1:知識社会の終わり?
(出典:『上級国民/下級国民』P233)

 原始時代では、すべての人がその時代のテクノロジーを理解できたし、上手い下手はあっても、木の先端に石をくくりつけて槍をつくることができたでしょう。

 しかし今、私たちはこの図の中央ぐらいにいて、テクノロジーの仕組みを理解しているのは1割から2割程度で、8割は技術の急速な進歩から脱落しかけています。「知識社会」というのは、きわめて知能の高いごく一部のひとが圧倒的なアドバンテージ(優位性)を持つ社会のことです。

 とはいえ、この予想が正しいとすると、早晩、誰一人テクノロジーを理解できなくなる日がやってきます。アイシュタインのような天才でさえも、です。

画一的な学校が不要な時代が訪れる理由

 高度化する知識社会では、今までのような画一的な学校教育は意味がなくなってきました。

 そもそも学校というのは近代以降の発明で、中世までは同世代の子どもを一カ所に集めて教育するなどという発想はありませんでした。学校の原型はいうまでもなく軍隊で、産業革命=工場労働に適した人材を国家が訓育するシステムとして導入されました。

 産業社会から情報化社会に移行するなかで、前期近代の学校システムが時代に合わなくなるのは当然です。日本だけでなく先進国ではどこも不登校が大きな社会問題になっていますが、これも後期近代の価値観のなかで育った子どもたちが、軍隊のような組織に拘束され「自由」を抑圧されることになじめなくなったからでしょう。

 知識社会の最先端にあるシリコンバレーでは、エンジニアなどの仕事はどんどんアスリートに近づいています。理数系の才能は20代前半ぐらいに頂点に達して、30代から下り坂になるといわれています。

 だとすれば、もっとも能力を発揮できるときに大学などに行って時間を無駄にするのはバカバカしいだけです。ビル・ゲイツもマーク・ザッカーバーグも大学を中退して起業しましたし、シリコンバレーの投資家ピーター・ティールは「20 under 20」という奨学金制度を創設して、毎年20人のきわめて優秀な20歳以下の若者に、「大学を辞めることを条件にして」資金を出し、シリコンバレーでの起業を促しています。

 エンジニアなどの仕事がアスリート化しているのなら、グローバルIT企業が年収数千万円で高卒や大学中退の超優秀な若者を採用することになんの不思議もありません。将棋の藤井聡太くんやサッカーの久保建英くんに、「大学に行かなくちゃダメ」とは誰もいわないですよね。

「ゆうこす」と「レンタルなんもしない人」

 知識社会が高度化するにつれて、より高い知能が要求されますから、「勉強」から降りてしまう子どもたちが増えていきます。「AIに負けない能力を養成する」といわれますが、そのためには東大のような「ローカル大学」ではぜんぜんダメで、高校生の時に飛び級でハーバードやスタンフォードなどのグローバルな一流大学に合格するくらいの能力が要求されるでしょう。そんなことは不可能ですから、「AIに負けるな」という昨今の風潮は、子どもにたちに「頑張って勉強しても意味がない」という強烈なメッセージを送っています。

 それと同時に後期近代では、一流企業のブランドよりも個人としての評判の方が大きな価値を持つようになりました。その文脈で最近おもしろいと思ったのが、「ゆうこす」と「レンタルなんもしない人」です。

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