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  • 2022/02/21 掲載

グリーン技術を支援、気候変動に関する「財政/金融」政策とは

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「再生可能エネルギー関連の機器を安くする」など補助金などで技術進化を促進させる政策がうまくいけば、気候変動の悪化を抑えられる可能性がある。今回は技術進歩を支援する政策の経済学的分析、金融政策の分析について日本銀行 金融研究所 金融研究所長副島 豊氏と経済ファイナンス研究課長 武藤 一郎氏解説する。
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グリーン技術を政策で支援する潮流とは



グリーン部門を補助金で育成する

──前回は、「ピグー税」、CO2など温室効果ガスを排出する企業に対して炭素税を課税する財政政策の理論をお聞きしました。今回は、その続きとして補助金で技術進歩を支援する政策の理論についてお聞かせください。

武藤 一郎氏(以下、武藤氏):第2回では、政府が課税して温室効果ガス排出を抑制する政策の話をしましたが、政府のもう1つの大事な役割がグリーン部門の技術進歩を促すことです。MIT(マサチューセッツ工科大学)のダロン・アシモグル(Daron Acemoglu)氏は世界的な経済学者ですが、この方の研究が有名です。

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日本銀行
金融研究所
経済ファイナンス研究課長
武藤 一郎氏

 気候変動には2つの種類の外部性があります。1つが負の外部性。温室効果ガスが排出されて悪影響が出る。これを抑制するのがピグー税の考え方です。

 もう1つは、グリーン技術(温室効果ガス排出を削減できる技術)の研究開発を促進することで環境負荷が下がり、他の経済主体にとっても望ましい影響があるというプラスの外部性です。今回紹介するのは、その理論的な裏付けの研究です。

 経済に、環境負荷を上げるブラウン部門と、環境負荷に中立的なグリーン部門があると考えます。ブラウン部門は、たとえば製造業のように大きなセクターです。市場に任せた場合、ブラウン部門では研究開発が進み、生産性が上がり、市場規模も大きくなり、温室効果ガスの排出量も増えて、環境負荷が上がっていきます。

 このようにブラウン部門ばかりが発達するのを防ぐには、グリーン部門を政府が支援して育てる、つまり補助金を出すなどの政策を実施する必要があります。この論文では、政策により経済をブラウン部門からグリーン部門にシフトさせる理論的な裏付けを研究しています。

 興味深いことに、ある程度までグリーン部門が育つと、補助金はなくなってもいいのです。恒久的な補助金は必要ではないことを研究は示しています。これをシミュレーションしたのが図1です。

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図1 ブラウン中間財とグリーン中間財の代替性が鍵
(出所:日本銀行金融研究所)

 代替性が高い場合と低い場合の2通りのシミュレーションを示しています。いずれも、初期段階ではブラウン部門の炭素税とグリーン部門への補助金の両方が必要ですが、グリーン経済への移行過程の途中で補助金は停止してもよい。また炭素税も軽減、廃止できるという試算結果をこの図は示しています。

 そして、重要な点ですが、青線と赤線には大きな違いがあります。左と真ん中の図は、最適な課税・補助金水準に差があることを示していますし、右の図はグリーン経済への移行速度は代替性によって大きく異なるという結論を示しています。

グリーン経済に移行する時間は「代替性」で大きく変わる

──このシミュレーションでは、代替性が高くグリーン部門への移行が比較的速やかに進む場合には、約10年少しの期間の間だけ補助金を出せばよい形なのですね。

武藤氏:グリーン部門に補助金を出して支援し、市場が大きくなれば、途中から政府が手を離しても、市場に任せればいい。利益が出て、それを研究開発に投資して、グリーン部門が自律的に発達していくようになる。そうなるまでの間は政府が支援する意義がある訳です。

 単体で見れば、これはバラ色の未来を描くシナリオで非現実的なものと受け止められるかもしれません。しかし、これは目指すべき世界を示す1つの考え方です。そのようなメッセージ性がある研究だと思います。

 ここでブラウン部門からグリーン部門への代替性が高いか低いかが重要となります。働いている人のスキルや設備などは、すぐに取り替えがきかず、現実には代替性を低くすることが難しいかもしれません。その場合はより長期間にわたり補助金を出し続ける必要があります。ここは議論がある部分です。

副島 豊氏(以下、副島氏):図1のシミュレーションの一番右の図、「グリーン部門の割合」を見ると、グリーン部門は最終的には100%まで行きます。これは、たとえば自動車はEVになり、CO2を大量に排出する火力発電はなくなるという未来です。もし代替性が低ければ、そうした未来が実現するのには時間がかかるということを示しています。

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日本銀行
金融研究所長
副島 豊氏

──グラフを見るとこのシミュレーションでは代替性が高い場合でも移行に30年はかかるのですね。

副島氏:そうです。そして青色のグラフ、代替性が低い場合には120年といった長い時間がかかる。しかも、その間の期間は、炭素税がかかり、補助金も出さないといけない。なのでかなり長い移行過程となります。

 代替性が低い経済だとしても、もっと早く移行すべきだと考える人もいるかもしれません。その場合には、たとえば炭素税をもっと劇的に引き上げる(所得は上がらないのに物価は上がる)、補助金をもっと出す(社会保障など別の財政支出が削られる)という政策対応が可能です。しかし、それは社会的コストの増加につながります。

 初回にお話ししたように、動学的経済モデルは最適経路を示すことができます。税率や補助金の時間経路も、最適な動学的政策として求められています。これ以上に税率を上げるということは、現在と未来の適切なバランスを崩してまで、つまり、不合理なぐらいに現在をもっと犠牲にしても構わないので将来をよくすることが大事だというアプローチになります。

──この理論で出た結論は、社会的合意を取れるものでしょうか。

副島氏:まず、理論が言っていることを理解するのが大変です。今回のお話しで紹介したような経済理論に沿って環境問題への対策を考えている人は少数派だと思います。それに、経済学が示していることが絶対だとは思いません。このモデルはある程度現実に近いところまで写し取ったモデルですが、それでも多くの仮定や単純化、不確実性が存在しています。そもそも、現在と未来のバランス全体で考えるという発想に反対の人もいるでしょう。

──図1の「動学的最適パス」は、横軸が120年といった長期にわたります。しかし気候変動の経済モデルはどんどん改訂されている訳です。どれくらいの間隔で見直すものなのでしょうか。

副島氏:極端にいうと毎日見直すべきものです。このグラフは今の状況やさまざまな仮定を前提として未来に向かって最適化しています。ということは今の状況や未来の前提が変わったら計算をやり直す必要があります。予測不可能な未来の環境を、今の時点でモデル化して、政策対応に反映するには、なんらかの想定を置くしかありません。そうすると不断の見直しが必要ということになります。

 気候変動が経済にもたらす被害の見積もりや、グリーン技術への代替性なども、日々見直しが進んでいます。先にお話しに出てきた、代替エネルギーの生産コストが技術革新で「予想以上に」急激に低下しているというお話もそうです。今の時点でベストな前提が、1年後にはベストではない可能性もあります。それはどうしようもありません。

 株価は、現時点で分かっている材料をすべて価格に織り込んでいます。同様に、今わかっている未来の環境はモデルに織り込んでありますが、予測できないものは判った段階で適宜織り込んでいくというアプローチになります。

気候変動に対応する金融政策とは

武藤氏:ここまでは財政政策の話でしたが、次に紹介するのは金融政策です。気候変動に関連した金融政策の研究は、ごく最近になって始まりました。ここで紹介するのはスタンフォード大学のモニカ・ ピアツェッシ(Monika Piazzesi)教授らの研究論文です。

 気候変動への対応のような市場の外部性の問題は、ピグー税のように財政政策で対応することが基本的な考え方として受け継がれています。一方、新しい要素として、金融市場に何らかの摩擦がある場合、金融政策の役割が出てくるかもしれません。そうした切り口の研究です。

 金融市場の摩擦とは、次のような現象を指します。ここに環境負荷が高いブラウンな企業があったとします。その企業は将来規制の対象となりコスト上昇が見込まれ、業績が悪化するかもしれない、そのように投資家が考えると、資金や資本の調達コストにリスクプレミアムが発生します。

 リスクプレミアムの適正な水準を推し量るのは難しいですが、仮に判ったとしましょう。その水準から大きく乖離して余計なプレミアムが乗っており、かつ、それが情報の非対称性など市場の摩擦によって引き起こされたものならば、市場の効率性の観点から望ましくない。そこで摩擦に対応するために金融政策の役割がある、そういう内容の論文です。

 ですので、温室効果ガスの発生を金融政策で抑制するという訳ではありません。環境問題に関連して市場が歪んでしまう場合、そこに対応しようということです。

【次ページ】中央銀行の社債購入オペレーションの効果を研究

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