- 2026/07/06 掲載
量子活用の分岐点とは? “触って終わる企業”と“稼ぐ企業”を分けるもの(2/4)
「手触り感」の重要性とは?
このように、量子インスパイアード技術は、量子コンピューターへの橋渡しとしての役割と独自の価値を併せ持つ。となれば、企業としては、現時点で取り組むべきは量子インスパイアード技術であり、実用化まで距離感のある量子コンピューターの実機の利用は必要ではない、という判断にもなり得るように思える。しかし、手塚氏は量子コンピューターの実機を触ることの重要性を強調する。
「“手触り感”を持つことは非常に重要です。手触り感がないと、量子コンピューターに関するさまざまなニュースが、自社にとってどのような意味があり、どの程度のインパクトを持ち得るのかを計りかねます。この観点からも、まずは触ってみるということは非常に重要です」(手塚氏)
なぜ「手触り感」が重要なのか。手塚氏は、具体例を挙げる。
「ある1つのパラメータだけを見て、“量子コンピューターで100倍の効率化が実現した”というニュースが出たとします。量子コンピューターを触ったことがない人は“すごい!”となるかもしれません。しかし、実際に実機を動かしてみると、実は別のパラメータが改善していなければまったく使い物にならないことが判明する、ということが起こり得ます。量子コンピューターを触っている人は、最初のニュースの段階で予測がつきやすいのです」(手塚氏)
技術の進展が自社にとって何を意味するのかを正しく理解し、真価を見極める──そうした、ある種の“リテラシー”を身につけるためには、現時点で実用的でないとしても、量子コンピューターそのものを動かしてみる必要がある、というわけだ。
NEDOのユースケース集において紹介されている実例の中でもエアバズ(Airbus)が最適化課題に取り組むにあたって、イオンキュー(IONQ)のゲート型量子コンピューターを使ったケースが紹介されている。
こうしたケースは、最適化分野での実用性に分のある量子インスパイアード技術ではなく、あえて有力なハードウェアメーカーの量子コンピューターの実機を使うことで、まさに「手触り感」をつかむことを目的としているという見方もできよう。
クラウド利用の現実──「長い待ち時間」という制約
では実際の量子コンピューターの実機利用は、どのように行われるものなのか。現時点で、量子コンピューターを自前(オンプレミス)で保有できる主体は極めて限られる。これは、量子コンピューターが極めて高価であり、かつ(方式にもよるものの)極低温環境など巨大な設備を必要とする場合が多いためだ。
このため多くの場合、ベンダーが提供する量子コンピューターにクラウド経由でアクセスするQaaS(Quantum as a Service)モデルが利用されている。企業が量子コンピューターを利用する現実的な選択肢はQaaSで実機を操作するということになろう。
しかし、QaaSには見えにくい制約がある。手塚氏は利用上の大きなネックとして、ジョブの「キュー待ち」を挙げる。
「クラウド経由で量子コンピューターにジョブを流しても、計算結果が直ちに返ってくるわけではありません。量子コンピューターのアルゴリズムは、ある答えを求めるために何万回、何十万回という計算を繰り返し、その統計的な結果に基づいて解を判断します。そのため、そもそも計算結果が返ってくるのに時間を要するのですが、さらに複数のユーザーがジョブを流すことで、キュー待ちは急激に長くなります」(手塚氏)
そして手塚氏は、誤り訂正が本格導入された後の世界を想像すると、さらにキュー待ちは深刻になるだろうと予測する。
「誤り訂正が入っていない現在の量子コンピューターでは、比較的プログラムが短いのですが、それでも数時間待ちが当たり前となっています。誤り訂正が入った場合には、1人の占有時間が数日あるいは1週間といった単位になってくる可能性があります。企業が業務として日々使うことを想定すれば、この点は大きな課題となってくるでしょう」(手塚氏)
現在の量子コンピューター(Noisy Intermediate-Scale Quantum:NISQ)では、ノイズで量子状態が壊れる前に計算を終わらせる必要があるため、必然的にプログラムを短くせざるを得ない。しかし、誤り訂正が実装された量子コンピューター(Fault-Tolerant Quantum Computer:FTQC)ではこうした制約が取り払われるため、結果としてキュー待ちが深刻化するという予想だ。
つまり、毎日量子計算を回したい企業にとっては、QaaSモデルは必ずしも最適解にならないということになる。
「オンプレミスで買えればベストですが、そうでなければ何社かで共有するスキームを整える、あるいは現状のG-QuAT(量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター)のように国全体で複数台を用意する、という形もあり得るかもしれません。しかし、化学メーカーのように毎日使いたい企業は、自社専用機を買うという戦略もあり得るでしょう」(手塚氏)
量子コンピューターの導入は、単なる計算機の選定ではなく、計算資源そのものをどう確保するかという戦略課題でもあるのだ。 【次ページ】「触って終わる企業」と「価値を生み出す企業」を分けるもの
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