• トップページ
  • 「損保系保険テック」の進化とは? 4つの類型から見る“変革”に必要なこと

  • 会員限定
  • 2020/09/10 掲載

「損保系保険テック」の進化とは? 4つの類型から見る“変革”に必要なこと

記事をお気に入りリストに登録することができます。
インシュアテックの代表的な企業として挙げ続けられてきたLemonade(レモネード)が2020年7月に、ニューヨーク証券取引所に上場した。同社はじめ損保系インシュアテックがもたらした保険ビジネスの変革とはどのようなものか。そして今後予測される展開や成功のポイントは何か。今回はLemonadeを起点に損保系インシュアテックの未来について論じてみたい。

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 近藤 龍司

アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 近藤 龍司

保険業界を中心とした企業変革・デジタル変革支援を担当。アクセンチュア入社以降、事業戦略・デジタル戦略立案、経営統合、全社構造改革、データアナリティクス、大規模システム刷新等のプロジェクトに従事。

photo
損保系インシュアテックの潮流を解説する
(Photo/Getty Images)

インシュアテック企業を代表する“損保系”Lemonade

 これまでの連載でインシュアテックの概要および生保系インシュアテックに関して触れた。3回目となる今回はいわゆる第2分野を中心とした損保系インシュアテックに関して述べたい。


 本連載では、インシュアテックを「保険会社を中心とした革新的な保険ビジネスモデル」と位置づけているが、まずはその原動力の1つとなるインシュアテック系スタートアップの状況から解説する。

 アクセンチュアが調査したところ、いわゆるインシュアテック系スタートアップは幅広にみると200社以上存在する。個社を見ると、保険キャリアとしていうよりも、テクノロジーを活用したリスク収集、分析や生活者、事業者のリスク選択をサポートするサービスを提供するプレイヤーが目立つ。

 これまでの投資額が最も大きいものの一つとして、オンライン住宅保険を中心に提供するレモネード(Lemonade:米)が挙げられる。いわゆるフィンテックが台頭した時から、インシュアテックの代表的な企業として挙げられ続けてきた同社は2020年7月、ニューヨーク証券取引所に上場した。

 保険産業に関わる方々はインシュアテック企業を代表するLemonadeのIPO(新規上場)には感慨深いものがあるだろう。今回はLemonadeを起点にこれまでの損保系インシュアテックの歴史を振り返りたい。

損保系インシュアテックを4つに分類

 損保系インシュアテックの歴史と潮流を振り返るにあたり、損保系インシュアテックのビジネスモデルを便宜的に以下の4つの類型に分類をしたい。

画像
損保系インシュアテックの類型
(出典:アクセンチュア)

 2014年頃から保険会社がスタートアップへの投資が増えていった。これは保険会社がデジタル投資を加速していった時期に重なる。

 それまでも保険産業はテクノロジーの進化とともに歩んできたが、この時期にはスマートフォンなどのデジタル技術とともに顧客体験を刷新しようという動きが顕在化していく。

第1類型:保険顧客体験の刷新

 損保系インシュアテックの第1類型として、顧客体験(User Experience)の刷新を目的としたビジネスモデルの動きを挙げる。損保系インシュアテックへの着目が高まったのは、Lemonadeとトロブ(Trov:米)の登場である。

 Lemonadeは保険金の支払リスクを属性の近い加入者が均等に負担して賄うP2P(Peer-to-Peer)の保険会社である。そしてその特徴はAIと行動経済学の活用による代理店を介さず、紙のやりとりが発生しないデジタル保険手続きである。

画像
Peer to Peer保険
(出典:アクセンチュア)

 また、Trovが提供するサービスは、スマートフォンでの簡易な手続きで、いつでも動産総合の補償加入ができるというものであった。

 両社に共通するのは、保険プロセスにおけるこれまでにない簡便性であり、また、損害保険における広い意味での“デザイン”を意識した顧客体験刷新の流れを促進するものであった。

 デジタルの時代は顧客起点のビジネスの時代とも言える。デジタルプラットフォーマーのように、より顧客接点に近い企業がパワーをもつCtoB(Consumer to Business)型エコノミーであり、プロダクトドリブンから顧客体験ドリブンへの転換である。LemonadeとTrovが切り拓いた損保におけるこのトレンドがその後の流れを形作ったと言っても過言ではない。

 最近では、バークシャーハサウェイ(Berkshire Hathaway:米)が立ち上げたスリーインシュランス(THREE Insurance:米)が、事業者向け保険にもこのトレンドを持ち込み、主にスタートアップ向けに顧客目線で再設計されたシンプルかつ包括的な保険を提供している。

第2類型:デジタルの中の保険

 損保系インシュアテックの第2類型として、他社のデジタルプロセスに一体となった形で提供される、いわゆる「組み込み型保険」に着目したい。典型的には、デジタル上での旅行やチケット販売事業者にAPIを開放し、顧客にとってシームレスな保険提供を目指すものである。

画像
デジタルの中の保険
(出典:アクセンチュア)

 例としては、アクサ(AXA:仏)のAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース )が、シンガポールチャンギ空港の地上関連サービスや機内ケータリングサービスの主要プロバイダーであるシンガポール空港ターミナルサービス(SATS)の旅行コンシェルジュアプリ“Ready to Travel”と統合され、旅行ニーズのある顧客にシームレスに保険加入を促すというものである。また前述のLemonadeもAPIを開放し、組み込み型保険を提供していることで知られる。

 ここに至るまでには、2つの重要な流れがあると考える。1つは代理店そのもののデジタルシフトである。旅行代理店やチケット販売がデジタルシフトしたことによって、保険会社も“デジタルの中の保険”に適用しなければならなかった。

 もう1つは、隣接領域である銀行業において、ヨーロッパを中心に“Banking-as-a-Service”(BaaS:既存の銀行が持つさまざまな金融機能を、APIを介して提供するビジネスモデル)が急速に広がったことである。

 これはまさに、“デジタルの中の銀行”であり、ここ数年で急速にユーザーを獲得している。こういったものをヒントに、組み込み型保険が成立・拡大していったものと考察する。日本においても損保会社が組み込み型保険プラットフォームを提供するスタートアップと提携していく流れがあり、いくつかはすでにサービスを開始している。

 今後の動きとして、新型コロナウイルス感染症を受け、さまざまな業種のデジタルシフトが加速することが予想される。これまでの中核チャネルの一つであった金融機関などのデジタルシフトも考えられる。

 ディービーエス銀行(DBS:シンガポール)やチャブ(Chubb:米)などで先行例はあるが、デジタルシフトした金融機関へのデジタル組み込み型保険などは今後注目のトレンドの1つであると考えられる。

 この時代のマーケットホルダーはデジタルプラットフォーマーである。デジタルプラットフォーマーが求めるスピードで組み込み型の保険やサービスを超スピードで提供できるかは勝負の分かれ目の1つであると考える。

 日本でもフィンテックプレイヤーを念頭に置いた金融サービス仲介法制を含む保険業法改正が施行される見通しである。保険会社にとって、伝統的な保険にデジタル技術を組み込む「保険の中のデジタル」から、デジタルプレイヤーなどに組み込まれる「デジタルの中の保険」へのシフトが今後も重要である。

第3類型:スーパーリスクマネジメント

 前述の2つの類型が誕生した際に、伝統的な損害保険事業者の反応は一部で鈍いものであった。その理由として、現在の損害保険事業の中心である自動車保険やリ スクの本質を突く事業者向けの保険に関わるものではなかったことがあるだろう。

 損保系インシュアテック 第3類型は「スーパーリスクマネジメント」である。スーパーリスクマネジメントとは、デジタルの本質であるデータを用いたリスクの可視化と予防、マネジメントである。まさに、損害保険事業の中心であり、損害保険事業者も巻き込む大きな流れだ。

 アクサXL(AXA XL:米)のChief Underwriting Officer(チーフ・アンダーライティング・オフィサー)であるロブ・マクアダムス(Rob McAdams)氏は、“Superior risk management starts with superior data(優位性のあるリスクマネジメントは優位性あるデータから始まる)”と述べていたが、これがスーパーリスクマネジメントを最も表したものであると考えられる。

 その端緒はなんといってもテレマティクス保険である。テレマティクスとは、「テレコミュニケーション(通信)」と「インフォマティクス(情報工学)」を組み合わせた造語で、自動車などの移動体と情報通信システムを組み合わせて、情報サービスを提供することを指す。テレマティクス技術を活用した保険がテレマティクス保険である。

 インシュアテック系スタートアップとの関連でいえば、日本では、あいおいニッセイ同和損害保険の英国子会社を通じたテレマティクス自動車保険事業者であるインシュアボックス(Insure the Box 英)の投資に始まる。モバイルやIoTなどを用いた自動車テレマティクス保険は、普及を開始するとともに、さまざまなデータを用いてこれまで可視化できなかったリスクをマネージするようになっていく。

 前述のAXA XLではサプライチェーンデータプラットフォームを有するスタートアップであるパーシル(Parsyl:米)と提携し海上運輸でのリスクを可視化し、リスクマネジメントサービスを提供している。同社はさらに、スタートアップであるスライスラボ(Slice Labs:米)と提携し、サイバーリスクのスコアを提供し、サイバーリスクの可視化と万が一の補償を提供している。

 この他にも、労働災害リスクなどの可視化も始まっており、この流れは5Gの普及、定着とともにさらに加速することが予想される。日本においても、損害保険会社においてデータビジネスサービスを開始している。三井住友海上における「RisTech」などがその代表例だろう。

【次ページ】第4類型:デジタルプラットフォームビジネス

あなたの投稿

関連コンテンツ

東京都

2024年に向けて、サイバーセキュリティ最新情報や多様化する脅威への対処法&防止策

サイバーセキュリティ業界最大級のイベントRSAカンファレンスでも話題となった最前線をご紹介 攻撃に関連する被害のレベルが、かつてないほど高くなっている今、 専門家から最新の攻撃手法やトレンドに関する情報をお届けします。 サイバーセキュリティの専門家、ITリーダー、経営者、そしてデジタルアセットとプライバシーを守りたい全ての方々に知っておくべき! RSAカンファレンスでも話題となったサイバー対策や、政府、教育機関、弁護士からの講演を通して、進化するサイバー脅威から組織や自分自身を保護する力やより強固なサーバーセキュリティ体制の構築の知識を深めましょう! 最新のサイバー脅威動向の解明 サイバーセキュリティインシデントへの対応 サイバーハイジーンの強化 協力と知識共有 未来への強靭性の構築 本セミナーでは、複合環境における高度な脅威対策のためのネットワーク検出と可視性の重要性、そして技術の進化に伴う政策の変化と法的コンプライアンスの最適な戦略についてお話しいたします。 また、今後多発することが見込まれる ChatGPT 技術を悪用した攻撃、コロナ蔓延やウクライナ戦争を契機にしたサイバー攻撃の状況の変化、 VR/AR/MRにおける新たなセキュリティとプライバシーの脅威を踏まえといった最新の攻撃手法を掘り下げ、金融、電力業界から幅広い業界でのサイバーセキュリティの課題に取り組む皆様に向けて、一年に一度のセキュリティイベント、専門家と共にセキュリティの高度化を探求しましょう!

東京都

Ivanti NEXT 2023

コロナ禍によってリモートワークやハイブリッドワーク環境への対応の波とデジタル化の更なる加速によって、Everywhere Work(場所にとらわれない働き方)が拡大し、より柔軟性のある働き方が定着しました。それと同時に、従業員が利用するPCやモバイルデバイス、周辺機器デバイス、アプリの数が増えたことで、企業はより複雑化したIT環境に直面しながら、一層のセキュリティ強化が求められるようになっています。また、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」により提唱された『2025年の崖』問題も迫っており、企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)へ推進を加速しています。 そのような変化に対応・直面する中、 IT担当者が担うミッションはIT(ハードウェア、ソフトウェア)資産管理、サイバーセキュリティ(脆弱性、デバイス、ネットワーク)の強化、社員からのITサポートの対応、既存システムの保守、新システムの導入、OSの移行など多岐にわたり複雑化しているだけでなく、ITの人材不足や熟練者の退職によるナレッジのブラックボックス化が発生し、情報システム部門がすべての対応を行うことが難しい時代を迎えております。また、最近では従業員の定着率にも影響する「従業員のデジタル体験(Digital Employee Experience)」という重要性が高まっており、企業には、これまで以上にデジタル化で社員に負担をかけないよう、仕事環境の早急な改善が求められています。 本イベントでは、企業の「次」の戦略的なITの取り組みへリソースを使えるよう支援を目指すIvanti製品やソリューション、国内の事例をご紹介します。

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

おすすめユーザー

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます