- 2026/07/02 掲載
量子はビジネスにどう使える? 金融・創薬・製造領域「ユースケースの現状」(2/4)
古典・量子・量子インスパイアード「3つのアプローチ」
量子インスパイアード技術という選択肢も現実味を増す中、企業が広義の量子コンピューティング活用を考えるうえで、まず押さえておくべきは「3つのアプローチの使い分け」であろう。馬場氏と手塚氏は、それぞれのアプローチについて次の図表のように整理した。その上で、手塚氏は量子インスパイアード技術については2つの“流れ”がある、と補足する。
「1つは疑似量子アニーラで、本当に解きたい問題を解きにかかる実用段階に入っています。もうひとつがテンソルネットワークで、こちらはゲート型量子コンピューターにそのまま載せられるアルゴリズムもあるため、将来のゲート型への“橋渡し”として位置づけているプレイヤーもいます」(手塚氏)
「いま使える実用技術」と「将来への布石としての技術」、量子インスパイアード技術の2つの性格を踏まえたうえで、自社の目的に応じた選択をすることが重要となる。
実際に、企業が量子インスパイアード技術に取り組む目的も一様ではない、と馬場氏は言う。
「自動車工場を例にとると、歩留まりが1%改善するだけで何十億円というインパクトがあります。このような場面で企業が量子インスパイアード技術を使うモチベーションは、古典コンピューターよりも少しでも精度を上げることで経済メリットを生み出す、という直接的な目的にあります。一方で、たとえば創薬や材料開発などのR&D領域では、業界のカルチャー的な背景もあって、新しい技術を導入するハードルが高い傾向にあります。これらの業界では、将来的な量子コンピューターの活用を検討する企業が、まずは量子技術に慣れるために量子インスパイアード技術を導入する、という使い方が見られます」(馬場氏)
「経済インパクトの追求」と「組織内での量子文化の醸成」という、同じ技術であっても、業界や企業によって、異なる目的で利用されているということだ。
こうした量子インスパイアード技術の特徴も踏まえつつ、馬場氏はビジネスの観点から、量子コンピューターと量子インスパイアード技術の使い分けについて「二軸」での見極めを示す。
「ユーザー企業の事業にとってどれくらいの経済インパクトがあるのか、そしてそれがどれくらいの未来に期待できるのか。1年後なのか10年後なのか、という二軸で考えていくことになります」(馬場氏)
つまり、古典コンピューター対比で処理速度が桁違いに上がることに価値を見いだす世界観もあれば、たった1%の精度向上が巨大な経済的メリットにつながる領域もある。こうした経済インパクトの軸に加えて、技術進歩を踏まえて「いつ実現できそうなのか」という時間軸を組み合わせ、量子コンピューターと量子インスパイアード技術が使い分けられていく、と馬場氏は見る。
量子が「効く問題」と「効かない問題」
量子コンピューター活用の取り組みを検討する企業が最初にぶつかる問いが、「自社の課題解決に量子コンピューターは効果があるのか」である。量子コンピューターの実用化まで時間を要する中で、有効なユースケースの見極め自体が途上にある。このため、企業にとっては量子コンピューターに取り組むための一歩を踏み出す判断が難しい、と言えよう。
手塚氏は、技術的な観点から、量子コンピューターを活用できる具体的な条件を示す。
「指数関数的に多くの解の候補があるような、解空間が膨大な問題では、量子コンピューターの強みをうまく引き出せるケースがあります」(手塚氏)
ここで言う「解空間が膨大」とは、考えられる組合せが天文学的な数に膨れ上がる問題を指す。従来のコンピューターではそもそもメモリに乗らないようなスケールである。また、計算に取り込むべき自由度が膨大でメモリに乗らないようなケースもターゲットになるという。
こうした量子コンピューターの得意分野はすでに知られていることともいえるが、注目すべきは、研究の進展とともに、量子コンピューターで解ける問題の範囲が広がっていることだという。
「以前は、量子力学に基づいていない問題は解きにくいと思われていましたが、量子コンピューターで解ける範囲が徐々に広がっています。たとえば最近注目されているのが、CAE(Computer Aided Engineering)と呼ばれるコンピューターシミュレーションの領域です。たとえば、大規模な系の電磁界分布や空気抵抗などを求めるためのシミュレーションで、量子コンピューティングの有効性が示唆されています」(手塚氏)
デロイト トーマツの調査結果を基にNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が発表した「量子コンピューターユースケース事例集(第二版)」においても、こうしたコンピューターシミュレーションの領域での取り組み例が紹介されている。
一方で、量子コンピューターに向かない領域も明確になりつつある。
「古典計算で解けるものや、現在のコンピューターが強い領域に、あえて量子コンピューターを持ち込む必要はありません。現状の量子コンピューターはリアルタイム性という点で分が悪く、データの入出力が遅いため、単純なビッグデータ処理や入出力が頻繁に起きる処理は不得意です」(手塚氏)
こうした分野では、古典コンピューターでの処理が適切ということになる。 【次ページ】金融:ポートフォリオ最適化から始まる実用化
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