- 2026/07/02 掲載
量子はビジネスにどう使える? 金融・創薬・製造領域「ユースケースの現状」(4/4)
AI:「量子で学習データを作る」新しい潮流
量子コンピューターとAI(人工知能)の融合は、大きな期待を集めてきた領域だ。量子モデルを使って分類や推定を行う「量子機械学習」は、論文レベルでは衛星画像の分類や異常検知などで古典コンピューターを上回る成果が報告されている。しかし、実務応用は思うように進んでいないという。手塚氏はその理由を2つ挙げる。
「1の理由は古典AIの性能向上が著しく、無理に量子コンピューターを使うモチベーションが低い、ということ。裏を返せば、量子コンピューターでしか処理できず、かつビジネスインパクトのあるユースケースを探し切れていないということでもあります」(手塚氏)
確かに、大規模言語モデルの急速な進化が示すように、古典AIの能力はすさまじいペースで伸び続けている。量子コンピューターに期待されていたことが、現状では古典AIで実現できてしまっている、ということだ。
「もう1つの理由は、現状の量子コンピューターがビッグデータを扱えないという技術的課題です」(手塚氏)
量子コンピューターのボトルネックになるのが、先ほども述べたデータ入出力の遅さだ。この点に関する研究もさまざまな新しいアプローチが出ているが、実務に使えるレベルにはまだ到達していないという。
こうした背景から、量子コンピューターとAIの融合は期待されたほど進んでいないのが現状だ。ただし、ここで注目すべき新しい潮流が生まれている。それは、AIのための“学習データ”作成に量子コンピューターを活用し、古典AIの能力を強化する、という発想だ。
「たとえば、化学物質の特性を予測する古典AIツールを開発する際、従来は前提となるデータを実験で収集する必要がありました。これには、多大な時間とコストを要するのですが、量子コンピューターを使って前提データを計算で求めることが可能です。それを“教師データ”として使えば、実験するよりも効率的に、かつ古典AIではこれまで実現できなかった精度の予測が可能になると期待されています」(手塚氏)
つまり、「量子が古典AIに取って代わる」のではなく、「量子が古典AIを強くする」。両者を対立的に捉えるのではなく補完的な関係として活用するこの発想は、今後の産業応用において重要な視点となる。
最初に実益が出る領域はどこか
ここまで分野別に見てきた中で、最初に明確な実益が出る領域はどこか。この問いに対し、ビジネスサイドからの馬場氏の見解と、研究サイドからの手塚氏の見解は重なる。「量子コンピューターであれば創薬・材料開発でしょう。マシンに求められるリソースとビジネスインパクトのバランスの良さという点で、うまく当てはまるためです。一方の量子インスパイアード技術は、現時点である程度使え、かつ利益も上げやすい領域として製造業に適しています」(馬場氏)
「技術面から言うと、対称性や繰り返し構造があるような結晶系は、比較的少ない量子資源で計算できることが理論的に示されており、この観点からは触媒・表面反応の解明や材料開発が該当します。量子コンピューターの開発が進むことで、数年以内に、この分野での実用化が期待できるのではないかと考えています」(手塚氏)
整理すれば、短期的には製造業における量子インスパイアード技術の活用が先行し、中長期的には量子コンピューターによる創薬・材料開発がブレークスルーをもたらす──という二段構えの絵が描ける。
潜在的な量子ユーザー企業は、こうした見通しも念頭に置きながら、自社がどちらの時間軸で量子コンピューティングと向き合うべきかを考えることが、戦略策定の出発点となろう。
前編では、量子コンピューティングの現在地と分野別の実装状況を見てきた。
後編では、量子インスパイアード技術の位置づけ、クラウド利用の課題、そして「触って終わる企業」と「価値を出す企業」を分けるものは何か──ユーザー企業がいまこの瞬間にとるべき行動について、より具体論に踏み込んでいく。
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