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  • 入社3年目の地方銀行マンの悲鳴、「将来に明るい希望が持てません」

  • 2020/01/22

入社3年目の地方銀行マンの悲鳴、「将来に明るい希望が持てません」

連載:大杉潤の「人生100年」時代のキャリア相談所

今回キャリア相談を寄せてくれたのは、地元の地方銀行に就職して3年目の若手行員。職場の雰囲気が重たくて閉塞感を感じ、将来に明るい希望が持てなくなったそうです。せっかく厳しい就職活動を勝ち抜いて、希望する銀行に入ったにもかかわらず、その銀行を辞めて転職していく同僚も少しずつ出てきています。若手はどういうキャリアを描くべきなのでしょうか?今は誰もが一度は転職する時代という見方もあり、転職という選択肢も視野に入れて考えたく、相談に来ました。 大杉潤の意外な答えとアドバイスは?

大杉 潤

大杉 潤

1958年 東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)に22年間勤務した後、東京都が設立した新銀行東京の創業メンバーに人材関連会社およびメーカーの人事責任者を経て、2015年よりコンサルタント、研修講師、ビジネス書作家として活動。HRインスティテュート・アライアンスパートナー、リ・カレント プロフェッショナルパートナー、カインドウェア顧問。主な著書に『銀行員転職マニュアル 大失業時代に生き残る銀行員の「3つの武器」を磨け』(きずな出版・2019年)『定年後不安 人生100年時代の生き方』(角川新書・2018年)『入社3年目までの仕事の悩みに、ビジネス書10000冊から答えを見つけました』(キノブックス・2017年)がある。

WEBサイト:http://www.jun-ohsugi.com

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大杉氏への相談内容

(東田 聡 <仮名> 25歳・地方銀行に勤務)

 地元の地方銀行に就職して3年目になります。地元では、県庁(公務員)、電力会社と並んで、「最も安定した職場の3本柱」ということで、あまり深く考えず、親の勧めもあって銀行に就職しました。

 銀行の仕事はやりがいもあり、色々な勉強ができるし、待遇も悪くないと聞いていたのですが、職場の雰囲気が暗くて、働き方改革で残業もできないため、残業代も入らず、収入も思っていたほど増えていきません。

 銀行の業績が年々厳しくなっている様子が上司や先輩の話からもひしひしと伝わってきて、各部門に課される業績目標はとても届かない無理なレベルで、厳しく要求されます。その一方で、残業はできないルールになってしまい、八方ふさがりの状況です。

 世の中はデジタル化の進展で、キャッシュレス決済が拡大しているし、銀行の将来性に不安を感じて、せっかく入った銀行を辞めて他業界に転職していく同僚も出てきています。

 私もこのまま銀行で仕事をやり続けて、明るい展望が開けるイメージが持てなくなってしまいました。今は、変化が速く激しい時代で、どんな大組織でも絶対に安泰というところはないと思うのですが、それだけに自分自身に専門スキルやノウハウを早く身につけたいという焦りがあります。

 今は、誰もが一度は転職を経験する時代などと言われるようにもなってきましたが、自分のキャリアをどう作っていけば、将来にわたって仕事を確保し、生きていくことができるでしょうか?

 銀行に見切りをつけて辞めていった同僚のように、早めに転職をして、スキルを身につけるスピードを上げたほうがいいのか、それとも銀行の中である程度は我慢しながら経験を積んだほうがいいのか、ぜひ元銀行員の大杉さんにアドバイスをお願いします。

大杉潤の答え

 かつての日本企業では、新卒一括採用された社員が、終身雇用と年功序列という日本独自の制度で長く同じ会社で働き、定年まで勤めあげるというキャリアが一般的でした。

 特に大企業の会社員は、入社した会社に骨をうずめる覚悟で、仕事をしている人が多かったでしょう。ところが今は、新卒で入社した1社のみで会社員生活を終わらせる人は少数派になりつつあり、誰もが転職を経験する時代になりました。

 もともと国営企業だったJALやシャープ、東芝などの日本を代表する大手メーカーでも経営危機で大規模なリストラをするなど、いまは定年まで絶対に安泰で勤務し続けられる保証がある組織はないと言えます。

 東田さんも銀行に定年まで勤めることが最もリスクが少ないとは言えない時代になっていると感じているでしょう。つまり、会社に自分の人生を丸ごと預けるという選択肢はなくなりました。

キャリアを考えるときに外せない「2つの原則」

 では、そうした時代に、どのように考えて自らのキャリアを作っていけばいいのでしょうか? 私は、次の2つの原則を踏まえて考えることが大切だとアドバイスしています。

  1. 自分が「自分の人生」の主導権を握ること
  2. 人生100年時代に向けて、長く働き続けることができるキャリアを作ること

 まず、「自分の人生」の主導権ですが、これまで日本の大手企業の人材育成の標準だった「ジョブローテーションを軸としたゼネラリスト養成」という流れに身を任せないことです。

 企業の商品供給力よりも需要の方が大きかった高度経済成長の時代は、企業は規模を拡大し、画一的な商品・サービスをできるだけ大量に供給しさえすれば、業績が自動的に伸びていく環境でした。

 そうした時代には、誰でも変わりの利く均質のスキルが重視され、ジョブローテーションで先輩社員の後任を務めながら、さまざまな業務を経験することで、自動的に順送りで昇進し、「年功序列」で収入も増えていく「終身雇用」という日本的経営の制度がうまく機能したのです。

 ところが1970年代の安定成長時代、そして1980年代のバブル経済を経て、バブル崩壊後のゼロ成長、いわゆる「失われた30年」の時代に代わりました。平成の30年間、日本のGDPはほとんど増えていません。世界が先進国も新興国も、着実に成長する中で日本だけが取り残され、世界経済における地位も存在感も大きく下がってしまいました。

 現在の日本経済の特徴を一言で言えば「成熟社会」ということです。人口が減り始め、同時に少子高齢化が急速に進んだ結果、商品・サービスに対する需要が大幅に減少し、一方で企業の供給力は拡大、グローバル化でさらに海外からの供給も増えていったので、需要よりも供給が大きい「成熟社会」になりました。

 さらに需要の中味も、画一的な商品ではなく、インターネットによる情報収集の容易化・大量化によって、人々の価値観は多様化し、少量の多様な商品・サービスが求められるようになっています。

 こうした日本経済を取り巻く外部環境変化によって、日本企業もマーケティングをマス・マーケティングではなく、一人ひとりに向けたワン・トゥ・ワン マーケティングを重視するように変わってきました。

 しかも人々が求める需要は個性化され、その変化のスピードも速く複雑になっているため、求める人材もゼネラリストではなくスペシャリストになりつつあります。

 したがって、自分のキャリアをどうするかは、自らどんな「専門性」を身につけていくかを自分で主導権を持って決めていくことが大切なのです。

 それからもう一つ、日本人の平均寿命が伸び続けて男性でも81歳になっていること、少子高齢化の中で年金支給開始も70歳になることは不可避の状況になってきたことから、少なくとも70歳、できればそれ以降も働いて、稼ぎ続けることのできるキャリア形成が大切なポイントになってきました。

【次ページ】大企業が育成してきたのは「コモディティ人材」

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