連載:日銀ウオッチャー藤代宏一の「金融政策徹底解剖」
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新型コロナウイルスの感染拡大は、世界経済に甚大な被害をもたらした。こうした状況下で日本銀行は景気回復に向けあらゆる金融政策を講じてきたが、それが金融市場に予想もしなかったインフレをもたらす可能性がある。仮に、早期にコロナが終息すれば、従来とは異なる理屈でインフレが加速するかもしれないという、金融市場の「サブシナリオ」を解説する。
コロナ発生後、倒産件数が増えなかったワケ
意外なことにコロナ禍発生以降の倒産件数は減少基調にある。
2020年7月の倒産件数は789件と同年6月の780件から増加したものの、これは緊急事態宣言下にあった5月に314件と歴史的低水準を記録した反動であり、3カ月の平均で見れば627件と抑制された状態にある。
データ公表元の東京商工リサーチによれば、5月は裁判所の一部業務の縮小や、金融庁と日本銀行が講じた手形の不渡り猶予などの支援策に加え、経済活動を休止していた企業や店舗の再開や廃業、倒産の判断先送りなどが影響したという。
4~6月期の実質GDP(国内総生産)成長率がマイナス27.8%と異例の落ち込みを記録したにもかかわらず倒産件数が抑制されたのは、これまでのところ政府や日銀の資金繰り支援策が奏功しているからだと考えられる。
通常の景気後退局面では、銀行が融資基準を厳格化することで、企業の資金繰りが途絶え、倒産が増加する傾向にある。しかしながら今次局面は、日銀の民間銀行を通じた無利子・無担保融資などにより政策的に銀行の融資基準をコントロールしたことで、銀行の貸出態度が緩んだ状態にある。
実際に各種企業サーベイを見ると、銀行の貸出態度を回答する項目が改善している。こうした企業の資金需要を反映し、7月の銀行貸出(都市銀行、地方銀行、第二地方銀行)は前年比6.4%と大幅に増加した。この6.4%という数値は同じ基準でさかのぼれる1992年以降で断トツの伸びだ。ここまでを整理すると、現在の日本は空前の景気減速とマネー急増が併存する奇妙な構図になっているのだ。
コロナ対策がインフレを招く?
さて、マネー急増と言えばインフレだが、現在のマネー急増が物価上昇(あるいはハイパーインフレ)を招くという意見は少数派である。日本のインフレ動向をめぐっては「大幅なマイナスの需給ギャップが残存する下で停滞が続く」──。これがメインシナリオとして広く共有されており、筆者もそう考えている。
需給ギャップとは文字通り需要と供給のバランスで、一般的に景気が悪い時は供給過剰となり物価は下落する。日銀が公表している「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)において、2022年度でさえ消費者物価の見通しがプラス0.7%と控えめなのは、需給ギャップが大幅なマイナスにあることが背景にあると考えられる。
他方、8月12日に発表された7月の米国の消費者物価は「マネー急増型インフレ」の実現可能性を喚起する結果であった。
消費者物価の全体から食料・エネルギーを除いたコア物価は、前月比プラス0.6%、前年比プラス1.6%と市場予想(前月比プラス0.1%、前年比プラス1.1%)を大幅に上回り、上向きのカーブに転じた。中古車(前月比プラス2.3%)、衣料品(プラス1.1%)といった財価格のみならず、家賃、教育、通信といったサービス価格が広範な品目で上昇した。
こうした米国の物価上昇の背景にあるのは、マクロの家計収入増加に裏打ちされた個人消費の底堅さである。マクロの家計収入を見ると、賃金の大幅減少を政府の大規模支援策が補ったことで4~6月期に前年比プラス10%程度増加している。
そうした下で個人消費支出は3月に前月比マイナス6.7%、4月にマイナス12.9%と沈んだ後、5月はプラス8.5%、6月はプラス5.6%と回復し、7~8月も同程度の回復軌道を歩んだと思われる。こうした環境下で企業は値下げ競争に距離を置くことができたのだろう。
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