• 会員限定
  • 2024/01/17 掲載

日本の自動車産業が超ヤバい?重要パートナー「タイ」から見放されるかもしれない理由

  • icon-mail
  • icon-print
  • icon-hatena
  • icon-line
  • icon-close-snsbtns
記事をお気に入りリストに登録することができます。
日本メーカーのEV(電気自動車)対応の遅れが、いよいよ外交面にも影響を及ぼし始めている。昨年、ASEAN首脳会議出席のため来日したタイのセター首相は、日本に対して「迅速に動かないと巨大なサプライチェーンが危険にさらされる」と異例の発言を行ったからだ。

執筆:経済評論家 加谷珪一

執筆:経済評論家 加谷珪一

加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。

photo
日本メーカーのEV対応の遅れが外交面に大きな影響を及ぼしはじめている…
(Photo:Julian Krakowiak/Getty Images)

タイと日本が長年かけて構築してきたサプライチェーン

 タイは日本の自動車産業にとって、最大の製造拠点の1つとなっており、関連企業も含め、多数の日本企業が進出している。首都バンコクの東部には有名なアマタシティ・チョンブリ工業団地があり、3500ヘクタールという広大な敷地に700社もの企業が工場を構え、20万人の労働者が働く。これに匹敵する工業団地がタイには数十カ所も開発されており、進出企業の過半数は日本メーカーである。

生成AIで1分にまとめた動画
 タイはもともと親日国ということもあり、日本とタイは自動車産業を中心に強固なパートナーシップを構築してきたと考えて良い。つまり日本のモノ作りにとってタイはなくてはならない存在であると同時に、中国に対する防波堤という意味で同国との関係は外交上も極めて重要な意味を持つ。だが近年、日本とタイが構築してきた強固なサプライチェーンの存在が危ぶまれる状況となっている。その原因は言うまでもなく全世界的なEVシフトに対する日本勢の遅れである。

 日本メーカーは口ではEVシフトを進めると説明しているが、明らかに日本以外のメーカーと比較するとEVに対するスタンスが異なっている。EV市場は黎明期を終え、本格的な普及期に入ろうとしている。これまでのEV市場は、高級車を中心とした米テスラが圧倒的なシェアだったが、手頃な価格帯の製品もカバーする中国のBYDが猛追。2023年の10~12月には、とうとうBYDがテスラを抜き、トップに躍り出た。マス向けの製品を揃えるBYDがトップシェアになったということは、今後、手頃な価格帯のEV市場が急拡大する可能性を示唆している。

 日本ではBYDの躍進について「中国市場だけの話」「EVなど使いものにならない」といった声ばかりが聞こえてくる。だがこうした見解はグローバルなトレンドを無視した、まさにガラパゴスなものである。確かに中国政府は国策としてEV推進しており、他国と比較してEVが普及しやすいのは事実である。だが、中国市場におけるEVの急拡大を無視、あるいは軽視する論者は、意図的なのか無自覚的なのかは分からないが、日本の自動車産業は世界に製品を販売することで事業を成り立たせているという現実から目をそらしている。

 繰り返しになるが、中国は国策としてEVを推進しており、アジア全域にEVの巨大なサプライチェーンを構築しようとしている。当然のことながら、自動車という高度な工業製品の部品あるいは関連製品を大量に供給できる国は、タイなどごく少数の国に限られてくる。

タイとの関係は安全保障上の問題でもある

 ガソリンエンジン主体の従来の自動車産業において、タイは最大のアジアにおける供給基地であり、そうであればこそ日本メーカーはタイに巨額の投資を行ってきた。一方、中国勢は国策としてEVシフトを進めると同時に、やはりタイを最大の製品供給地域と位置付け、今後、EV関連で巨額の投資を行う方向性を明確にしている。

 当然のことながらタイの産業界は、その投資を前提に経営戦略を立案せざるを得ない。ここで問題となるのが、冒頭に紹介した日本との関係である。

 タイは中国と距離が近いことから、常に中国の圧力を受ける立場にある。ビジネス上のつながりも深く、中国を無視することはできない。一方で過度に中国に近づけば、中国に飲み込まれてしまうリスクがあり、以前からタイは中国に対する牽制球として日本に強く期待してきた。

 日本にとってもそれは同じであり、タイとの間に、製造業における強固なパートナーシップを構築していることは、中国に対する交渉材料となる。日本とタイが強固なビジネス上のつながりを持つことは、単なる経済的メリットを超えた、安全保障の領域に入るテーマと言える。

 タイは日本と同様、自動車産業を基幹産業としており、今後も製品供給基地としての競争力を維持したいと考えている。そのためには、全世界的に進むEVシフトに迅速に対応し、先行して投資を行っていく必要がある。ところが、最も重要なパートナーである日本勢がEVシフトを進めるつもりがなく、タイは困惑している状況だ。

画像
タイのセター首相は日本の自動者産業に対して異例の警鐘を鳴らした
(Photo:SPhotograph/Shutterstock.com)

 セター首相は2023年12月、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)の特別首脳会議に出席するため東京を訪れ、メディアの取材に応じた。冒頭の発言はその中で出てきたものである。セター氏は「日本に対して要求する立場にはない」としながらも、「迅速に移行しないと遅れを取るだろう」と異例とも言える指摘を行った。また、タイにおいてで中国企業の投資が進んでいることについて「日本と中国の進出でどちらを好むかというのは問題ではない。両国を分け隔てる必要はない」とも発言している。

 セター氏は慎重に言葉を選んでいるものの、このままでは中国メーカーとパートナーシップを組むしかタイには選択肢がなくなり、結果として自動車の巨大製造拠点としてのタイを失う可能性があると警告しているのだ。親日国であるタイの首相からこのような発言が出ていること自体が危機的な状況と言えるが、日本国内の関心は異様なまでに薄い。 【次ページ】タイの首相以外にも…日本企業の遅れを指摘する“ある人物”

関連タグ

関連コンテンツ

あなたの投稿

    PR

    PR

    PR

処理に失敗しました

人気のタグ

投稿したコメントを
削除しますか?

あなたの投稿コメント編集

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

通報

このコメントについて、
問題の詳細をお知らせください。

ビジネス+ITルール違反についてはこちらをご覧ください。

通報

報告が完了しました

コメントを投稿することにより自身の基本情報
本メディアサイトに公開されます

必要な会員情報が不足しています。

必要な会員情報をすべてご登録いただくまでは、以下のサービスがご利用いただけません。

  • 記事閲覧数の制限なし

  • [お気に入り]ボタンでの記事取り置き

  • タグフォロー

  • おすすめコンテンツの表示

詳細情報を入力して
会員限定機能を使いこなしましょう!

詳細はこちら 詳細情報の入力へ進む
報告が完了しました

」さんのブロックを解除しますか?

ブロックを解除するとお互いにフォローすることができるようになります。

ブロック

さんはあなたをフォローしたりあなたのコメントにいいねできなくなります。また、さんからの通知は表示されなくなります。

さんをブロックしますか?

ブロック

ブロックが完了しました

ブロック解除

ブロック解除が完了しました

機能制限のお知らせ

現在、コメントの違反報告があったため一部機能が利用できなくなっています。

そのため、この機能はご利用いただけません。
詳しくはこちらにお問い合わせください。

ユーザーをフォローすることにより自身の基本情報
お相手に公開されます