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  • 2024/08/01 掲載

【異常】インフレなのに、なぜ「コメ」長期的に値下がり?日本の農業の「構造的問題」

連載:山口亮子が斬る、インフレ時代の農業ビジネス

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日本の農業の最も差し迫った課題は、農家が減ることでも、高齢化することでもない。物価の上昇に農産物価格の上昇が追い付かないことだ。実際、「食料インフレ」と言われさまざまな食品が値上げされる中、コメは異常なまでに値下がっている。現在は秋の収穫を前にした端境期(古米が新米に入れ替わる時期)のため、一時的に値上がりしているが、新米の出来次第では再び下がるだろうし、仮に値上げが維持されたとしても長続きはしないだろう。背景には、日本の農業における構造上の問題がある。また、日本は農家が高齢を理由に一斉に廃業する「大量離農時代」に突入している。このような状況はアジアの発展途上国と似通っている。日本の農業は大丈夫なのだろうか。
執筆:ジャーナリスト 山口 亮子

ジャーナリスト 山口 亮子

愛媛県生まれ。京都大学文学部卒。中国・北京大学修士課程(歴史学)修了。時事通信社を経てフリーに。新刊に『日本一の農業県はどこか―農業の通信簿―』(新潮新書、2024年1月)、共著に『人口減少時代の農業と食』(ちくま新書、2023年)、『誰が農業を殺すのか』(新潮新書、2022年)など。日本の食と農に潜む課題をえぐり出したとして、食生活ジャーナリスト大賞ジャーナリズム部門(2023年度)受賞。雑誌や広告など企画編集やコンサルティングなどを手掛けるウロ代表取締役

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長期的にみてコメは値下がりしている
(写真:筆者撮影)

食品の値上げをよそにコメは値下がり

1ページ目を1分でまとめた動画
 ここ3年、食品の値上げが続いている。

 総務省は、2020年の価格を100とした場合に、現在の価格がいくらになるかを「消費者物価指数」として公表している。それによると、24年5月に食品は116.8だった。4年で価格が16.8%上昇したわけだ。

 農林水産省は、農業版の消費者物価指数といえる「農業物価指数」を公表している。やはり20年を基準として、現在の農産物や資材の価格がいくらになるのか算出したものだ。

 それによると、24年5月に農産物価格指数は115.1だった。上昇率は食品をやや下回る程度ながら、品目別の落差が大きい(下図参照)。

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令和6年5月農業物価指数

 コメは94.2で、かえって5.8%値下がりしている。

 種や苗、農薬、肥料、燃油、段ボール、農機具といった必要な資材(農業生産資材)の物価指数は120で、2割上がっている。必要経費が人件費も含めて上がる中で、コメの値下がりは異常である。

 コメは、農家の7割が生産し、最も多くの農業産出額を稼ぎ出す作物である。それだけ農業に占める重要度の高いコメが、1人負けの様相を呈している。

コメ農家の年間所得はわずか1万円

 統計で見ると、平均的なコメ農家は、まったくもうかっていない。21、22年ともにその農業所得は、わずか1万円にすぎない。

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水田作経営の農業経営収支

 1経営体の平均的な面積は、約2.5ヘクタール。1ヘクタールはだいたい学校の運動場くらい。運動場2.5枚分を耕してこれでは、当然ながら食べていけない。それでも生計が成り立つのは、年金や兼業先の会社の給与といった農業の外から得たお金を、もうからない稲作につぎ込むからだ。

 そもそも、コメに限らない農家の世帯員1人当たりの農業所得は長年、年間40万円を下回ってきた。農業所得を労働時間で割って時給に換算したら、最低賃金を下回ってしまう。

 農家のほとんどは家族経営で、経営としての農業と生活の境目があいまいになっている。労働基準法は、同居する親族だけを労働力とする家族経営には、適用されない。だから、労働に対する報酬をじゅうぶん確保できなくても、経営を続けるということが許されてしまう。

 いま、農政のキーワードの最たるものは「食糧安全保障」と「価格転嫁」だ。価格転嫁ができないのは、農産物が安く買いたたかれるからでもあるが、農家に経営の意識が希薄で、安値を受け入れてしまうからでもある。零細な経営が多く、価格交渉力を持ちにくいという問題点もある。

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「価格転嫁」は農水省の重要課題
(写真:筆者撮影)

 そうした農家を束ねる存在である農業団体のJAには、交渉力を発揮することが期待されている。JAグループを代表する全国農業協同組合中央会(JA全中)は、適正な価格形成に向けた速やかな法制化を国に求めている。裏を返すと、農家が望む値上げを実現できているところは限られるということだ。

 農業が価格転嫁ができない産業になっていることは、周りから強いられたというよりも、業界としてそういう状態を甘んじて受け入れてきたといえる。 【次ページ】発展途上国と共通する農家の多さと生産性の低さ
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