- 2026/09/25 11:00 掲載
なぜフィジカルAIで「日本は勝てる」のか?「災害の多さ」すら武器になる驚きの理由
Personal AI Forum 代表理事
Metaverse Japan 代表理事
Generative AI Japan 理事
日本ディープラーニング協会 有識者会員
AI・テクノロジーを起点に、企業変革と新たな産業づくりを牽引する経営者。大学卒業後、米国のエージェンシー勤務を経てデジタルエージェンシーを起業。事業拡大とバイアウトを経験した後、Ogilvy One CEOをはじめ4社のCEOを歴任。20年以上にわたり、デジタル、マーケティング、テクノロジー領域の経営と事業変革に携わってきた。2018年にはFacebook Japan(現Meta)のディレクターに就任し、Instagramの日本市場での成長を牽引。その後、PwCコンサルティング パートナー、デロイト トーマツ コンサルティング パートナー/APAC TMT AI Leadを経て現職。現在はXinobi AI共同CEOとして、パーソナルAI、AIエージェント、フィジカルAIなど次世代AI領域の事業開発と社会実装に取り組む。また、企業のAI戦略や事業変革にも幅広く携わり、SYNTHESY マネージングパートナー、ディップ 社外取締役も務める。Personal AI Forum、Metaverse Japan、Generative AI Japanなどの活動を通じ、企業・産業・政策を横断したルール形成やエコシステムづくりにも取り組み、日本発のAI産業の創出を目指している。『AI駆動マーケティング 業務効率化を超える生成AI実践術』(インプレス)、『AI時代のベンチャーガバナンス』(日経BP)など著書多数。
暗黙知をデータ化する「3つの工夫」
日本の現場には、言葉にしにくい技能が多く残されています。部品のわずかな引っかかりで異常を察知する、音の違いから設備の状態を読み取る、作業台の乱れを見て次に起きる不良を予測する。新人には見えない微細な変化を、熟練者は経験によって捉えています。このような現場の暗黙知は、フィジカルAI時代における重要な資産になり得ます。ただし、単に映像を記録するだけでは、判断の理由も、加減の調整も、失敗を回避した意図も把握できません。学習資産へと高めるには、熟練者がその手順を選んだ理由、見逃さなかった違和感、速度を落とした場面、作業を止めた判断までを含めて、記録する必要があります。
暗黙知をデータ化するには、3つの工夫が必要です。
1つ目は、作業自体の分解です。熟練者の一連の動きを「認識」「判断」「動作」「確認」「修正」に切り分け、どの場面でどのような判断が入ったのかを可視化します。
2つ目は、身体に近いデータの取得です。手先カメラ、力覚センサー、視線、関節角、工具の状態、対象物の変形などを組み合わせ、人間の動きだけでなく対象物の変化まで記録します。
3つ目は、失敗と修正のプロセスを保持することです。成功例だけを集めても、AIは正常と異常の境界を学習できません。どこで失敗し、どの条件ならリカバリーできたのか。人間は何を見て「ここから先は危険」と判断したのか。失敗の記録こそが、現場とAIの双方を賢くします。
熟練者だけじゃない、日本の「本当の強み」
とはいえ、この取り組みは、各企業が孤立して進めるには負担が重すぎます。教育機関、ロボットメーカー、ユーザー企業、システムインテグレーターが集結する実装環境が必要不可欠です。政府のロードマップ案で示された「ティーチングカスタマー」や「モックアップ環境」は、まさにこの点で大きな効果を発揮します。工場、物流、小売、介護、防災、家庭などを模した環境に、ユーザー企業が真の課題である作業を持ち込み、メーカーや研究者とともにデータ収集、評価、改善を重ねる。そうした共創の場がなければ、現場の暗黙知は企業ごとの断片的な情報のまま埋もれてしまいます。
日本の本当の強みは、熟練者が存在する点にとどまりません。熟練者と設備、品質基準、安全基準、保守手順が長年にわたって緊密に結びついている点にあります。この結びつきを、モデル、作業パッケージ、教育プログラム、保守サービスへと転換できるかどうかが勝負になります。
1つ注意しておきたいのは、現場の暗黙知を過度に神話化しても勝ち筋は見えてこないということです。AIの世界には、膨大な計算資源とデータを用いた汎用的な学習が、人間が丁寧に設計したルールや知識を上回る事例が繰り返されてきた歴史があります(注1)。
しかし、それでもなお、現場の知識の価値が失われるわけではありません。現場の知識はAIへ丸ごと移植するための素材ではなく、「何を測定し、何を失敗とみなし、どこで停止させ、どの品質をもって合格とするか」を定義する評価基準として、決定的な価値を持ち続けます。 【次ページ】フィジカルAIが現場に根付く「3つの条件」
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