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  • 2022/12/15 掲載

「販売資料の原則デジタル化」はなぜ見送られた? 金融機関の「二律背反」とは

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政府は一時、紙ベースでの情報提供が義務付けられている金融商品の販売資料について原則デジタル化へと舵を切る法改正を検討していました。が、曲折を経て、結局は紙使用の継続を大幅に許容する折衷策に落ち着きつつあります。なぜ原則デジタル移行は見送られたのか。そして金融業界のDXはなぜ進まないのか。首相の諮問機関である金融審議会の作業部会における一連の議論の経緯を振り返りつつ、考察します。

執筆:金融ジャーナリスト 川辺 和将

執筆:金融ジャーナリスト 川辺 和将

元毎日新聞記者。長野支局で政治、司法、遊軍を担当、東京本社で政治部総理官邸番を担当。金融専門誌の当局取材担当を経て独立。株式会社ブルーベル代表。東京大院(比較文学比較文化研究室)修了。自称「霞が関文学評論家」

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「販売資料の原則デジタル化」はなぜ見送られたのか?
(Photo/Getty Images)

政府の重点計画に盛り込まれた「原則デジタル化」検討

 現行制度上、金融商品の主要な販売資料(目論見書、契約締結前交付書面、取引残高報告書、運用報告書など)については、原則的に紙ベースで顧客に渡すことが義務付けられています。Web掲載などデジタル手段で情報提供することも可能ですが、その際には基本的にあらかじめ顧客側の同意を得る必要があります。

 デジタル移行に向けた法改正の機運が高まるきっかけとなったのは、政府が21年12月24日に公表した「デジタル社会の実現に向けた重点計画」です。

 この中で、「金融商品取引における書面交付原則のデジタル原則化」という章立てが設けられ、顧客の求めがない場合にはデジタルでの情報提供のみを行う「原則デジタル化」について金融審議会での検討を開始し、22年内を目途に結論を出すとのスケジュールが提示されました。
⑨金融商品取引における書面交付原則のデジタル原則化
金融庁は、書面交付を原則とする金融商品取引における顧客への情報提供について、顧客の投資判断等に資する適宜・適切な伝達・受領確認・アクセス確保など「デジタル完結」の意義・効果のみならず、金融事業者の環境配慮やコスト削減も踏まえ、顧客の求めがない場合にはデジタルでの情報提供のみを行う、原則デジタル化について金融審議会での検討を開始する。同審議会においては国内外の原則デジタル化に向けた改革の進展を踏まえ、従来からの顧客への情報提供のデジタル化や、顧客に対するより分かりやすい情報提供の在り方、対象とする顧客の範囲、書面交付を求める顧客の意思確認手法、必要な顧客保護のための措置など実務的対応も含めて令和4年(2022年)内を目途に結論を得て、可能なものから法案提出等必要な措置を行う。


(注)21年12月閣議決定「デジタル社会の実現に向けた重点計画」より。下線は筆者
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金融商品取引における情報提供のデジタル化
(出典:金融庁 第17回 金融審議会 市場制度ワーキング・グループ)

 政府方針を受け、金融審議会傘下の作業部会の1つ、市場制度ワーキンググループにおいて法改正に向けた議論が始まりました。22年4月の会合で事務局を務める金融庁側は、紙資源の節約や商品性に関する顧客側の理解度の向上、金融事業者側のコスト削減など、デジタル移行の意義を強調し、参加した専門家委員から意見を募りました。

「DX淘汰論」とコスト負担の問題

 金融庁側が提示した原則デジタル移行という方向性に対し、委員側からはおおむね賛同する趣旨の意見が大勢を占めました。

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(1)デジタルツールを活用した分かりやすい情報提供 - ① これまでの情報提供に関する取組み
(出典:金融庁 第17回 金融審議会 市場制度ワーキング・グループ)
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(1)デジタルツールを活用した分かりやすい情報提供 - ② 深度ある、より分かりやすい情報提供
(出典:金融庁 第17回 金融審議会 市場制度ワーキング・グループ)

 ただ、デジタル移行にあたって生じるさまざまな課題をどのように克服するか、具体策レベルでは意見の不一致もみられました。会合内で焦点化した主な論点としては(1)デジタルリテラシーの低い顧客をどうするか(2)デジタル化に対応できない金融事業者はどうなるのか(3)紙ベースの情報提供を顧客が希望した場合に誰がそのコストを負担するかの3つが挙げられます。

 そもそも金融機関の顧客におけるデジタルリテラシーの程度はさまざまで、Web上に掲載した情報をPCやスマホで閲覧できないという人は少なくありません。

 さらに事業者にとっては、デジタル移行にあたってシステムの改修や新規導入が必要となります。証券会社や銀行だけでなく小規模な保険代理店などを制度改正の対象範囲に含めるとすれば、資金不足などの理由でデジタル移行に対応できない事業者が出てくることも予想されます。

 市場制度ワーキンググループ傘下の顧客本位タスクフォースの会合では、行政側が事業者のシステム投資を支援するという案も浮上しました。ある委員は「グローバルでの競争力を上げていくという意味で、デジタル化の補助金のようなものも考えていく必要がある」と提案しました。

 一方で別の会合では、システム移行ができない金融機関はそもそも新時代に生き残れないため、特段の支援や配慮は必要ないという趣旨の「DX淘汰論」も持ち上がりました。

 市場制度ワーキンググループのある委員は「今後、金融だけではなくさまざまな分野でDXが進んでいく中で、電子化の第一歩目のシステム投資もできない証券会社が今後生き残っていくというのはやはりなかなか厳しいのではないだろうか。そういった淘汰というのは当然起こると思うので、逆に淘汰されないためにも、システム投資を頑張ってもらうのは重要だ」と述べました。

 また、別の委員は「対面営業を続けている証券会社の数というのは大分減ってきている。伝統的な対面営業を続けている営業の在り方も少々考えていただいて、電子対応のための投資などを業界として考えてもらうのがよいのではないか」とも指摘しています。

 とりわけ市場制度ワーキンググループや顧客本位タスクフォースの会合で関心を集めたのが、コスト負担をめぐる問題です。顧客が紙ベースでの情報提供を希望し、事業者側がそれに応じる体制を作るためにはコピー機などの設備環境を維持する必要があり、金融機関にとって少なくない負担が生じ続けます。このコストを最終的に負担するのが事業者側か、顧客側かが会合でフォーカスされました。

 両会合では、「紙の使用を希望した顧客が負担すべきだ」とする意見が相次ぎ、紙の利用を有料化することで顧客側へのインセンティブを作り出すという案も上がりました。

 市場制度ワーキンググループのある委員は、「既存顧客で書面を希望する方については、紙の廃棄の問題や、証券会社の負担もあるので、有料化する。有料だったら電子でよいという方も出てくると思うので、まずはできるだけ電子化へ誘導していくことを最初のステップとする。その後、徐々に書面の希望者が減ってきて、電子化移行のインパクトが減った時点で、期限を決めて強制的にすべて電子化するというように2段階で進めれば、社会的インパクトも少ないのではないか」と発言しました。

【次ページ】「原則デジタル化」から紙とデジタルの選択制へ

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「ChatGPTで株価予測」が実現? 金融分野の生成AI最新動向

リラ教授とタン准教授がシミュレートしたのは、ニュース報道翌日の株価パフォーマンス。決算発表を考えてもらえれば分かるようにこれはいわゆる株価予測とは違うのですが(決算前に、どんな決算になるかを考えるのが予測ですね)、こんなクルードな方式でも15ヶ月間リターンが+250%も出たとのことで(取引コスト10bps)、しかもシャープレシオが3以上と、ちょっと驚きを通り越してしまいます。

おそらくは、時価総額のごく小さな銘柄にはいかにミスプライシングが残されているかということが発見なのでしょう。

想像に難くありませんが、そのパフォーマンスは時価総額下位10%の銘柄に集中しています。NYSEの時価総額下位10%といえば$100m以下。その多くはペニーストックで出来高のない日も多く、取引金額は多くて$1m。

さて、この手の計算と現実の間には、常に流動性の制約があります。寄りオンリーの売買で実際にいくら張れるかについて簡単な試算をしてみましょう。

日次取引額の25%が寄りでの約定と仮定し、その20%までならティックアップしないとすると、張れるのは日次取引額の5%です。対象銘柄全体で平均日次取引額が$300kあるならトレード可能額は$15k。そして時価総額下位10%に属する300銘柄のうち、出来高がありかつその日にニュースが存在するのが150銘柄だとすると、合計$2m強しか張れないことに。

ちなみに上記の150銘柄という前提は、論文に使われている観察サンプル数の15ヶ月間46402件にマッチしますが、実際にはマイクロキャップ銘柄についてニュースが存在する日が全体の半数もあるとはとても思えず、さらに制約がある可能性は高そうです。(時価総額100億円以下の会社では、決算すらほとんど報道されませんよね)

投資とは、良い会社を安く買うこと。このシミュレーションは「ニュースがポジティブかネガティブか」だけを見ていて「株価が安いか高いか」は無視していますから、バリュエーションを組み合わせたストラテジーに仕立て上げたときにどうなるかに興味がひかれます。そのうえで、日計りではなくせめて数ヶ月スパンで、かつ大型株でパフォーマンスが出せるようなものが出てきたときには必ずや実用化されるでしょう。

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