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  • 2023/08/03 掲載

「問題だらけ」でもなぜトランプは支持される?米国大統領選4種のマーケティング手法

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米国の選挙と政治と切っても切り離せない「政治マーケティング」。歴代米国大統領たちはどのようにマーケティングを使ってきたか。ポスト冷戦の混迷の時代に支持を集めたクリントン、9・11同時多発テロの前後で指揮を執ったブッシュ、CHANGEで成功し統治では失敗したオバマ、さまざま問題があるのに支持層が離れないトランプ…。大統領指導力というプロダクトを開発するマーケティングのさまざまな事例を解説する。

執筆:埼玉大学名誉教授 政治学博士 平林 紀子

執筆:埼玉大学名誉教授 政治学博士 平林 紀子

専門は、現代米国政治、政治マーケティング・広報。とくに米国大統領選挙・政権における経営とマーケティングおよび広報戦略の事例分析。
東京都出身、早稲田大学政治経済学部政治学科卒、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。埼玉大学教養学部・助教授、同大学人文社会科学研究科・教授(2002年~2022年)を経て、2022年4月より名誉教授。米国ハーバード大学行政大学院・ジョージワシントン大学政治経営大学院にて客員研究員(1999年~2001年)。
主な著作に、「マーケティング・デモクラシー: 世論と向き合う現代米国政治の戦略技術」 (単著、春風社、2014年)、「政治コミュニケーション概論」 (共著、ミネルヴァ書房、2021年)、「現代のメディアとジャーナリズム6:広報・広告・プロパガンダ」 (共著、ミネルヴァ書房、2003年)など

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世界最大の権力者の1人、米国大統領のリーダーシップはどのように形作られるのか
(Photo/Shutterstock.com)

何を決め手に「大統領」プロダクトを購入してもらうか

 過去30年間の米大統領選挙や政治を変えた「政治マーケティング」については、前回説明したとおり。今回は大統領という「プロダクト開発」の側面に絞って、マーケティングが果たした役割をみていこう。

 政治プロダクトの要件は3点、優位性と差別化、政策から人物像まで統一感あるパッケージ、そして有権者市場にとって「問題解決策」であることだ。

 こうしたプロダクト作りを助けるマーケティング機能に、市場の選択基準─各時代環境に適した「リーダーシップ」の評価軸─を戦略的に仕掛ける「フレーミング」がある。自分に有利な判断基準で市場が選択すれば、競争の優位は確実だ。

 生活消費財メーカーP&Gの有名な例では、洗濯洗剤を選ぶ決め手は「白さ」より「除菌(ニオイ)」だと判断基準の転換をはかることで、新製品アリエールの市場拡大に成功した。大統領の選択基準はもっと多様で、時代や層によって優先順位も違う。

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判断基準の転換で大幅に市場拡大したP&G
(Photo/Shutterstock.com)

 たとえば米議会放送専門局が毎年発表する「歴代大統領ランキング」は、大統領の指導力を、危機対応/経済運営/道徳性/外交力/行政手腕/議会対策/ビジョン/正義の平等の追求/時代に即した政策業績/公衆説得力の10項目で評価する。しかし大統領も人間、全部で高得点なわけがない。

 選ぶ側も判断軸が絞られ、1つの選択肢としてイメージが明確にならなければ、選択は困難だ。

【クリントンの戦略】右左翼でない「第三の道」と、私生活問題の無化

 初めてマーケティングを選挙と統治に組織的に使った90年代クリントン大統領の時代は、ポスト冷戦で既存の左右翼境界線が無効化し、政策的にも支持層編成の点でも、中道「第三の道」を探る必要があった。

 マーケティングは、世論の風向きを読み、現実と理想のはざまで、既存の航海図にない新たな方向へ米国という船を操舵(そうだ)する「三角測量」の技術だった。

 加えて、ベビーブーム世代が有権者の中心になり、価値観が変わる。女性との醜聞がやまないクリントンに戦略家モリスは助言したという─「有権者が大統領に恋したのはケネディまで、今後の大統領は偉大さやカリスマより、マメで有能な仕事人であればよい」。

 人格高潔、憧れの存在でなくても、長短所含めて共感でき、身近で仕事熱心な同輩大統領。新世代の価値観を体現する大統領プロダクトの鍵だった。

【ブッシュの戦略】中道穏健からレーガン保守へブランド改造

 2000年代前半のジョージ・W・ブッシュ大統領には、2つの分岐点があった。1つは2000年大統領選挙で、保守中道層を奪い合う死闘は最高裁までもつれこみ、辛うじて大統領に就任したときだ。

 「思いやりある保守主義」を旗印にしたブッシュ中道路線は、同じく中道の民主党対立候補ゴアとの差別化が難しい上、有権者市場自体も人口流動や浮動化が進んで、既存の切り分け軸は使えないことが判明した。

 こうしてブッシュは、散在する支持層の市場開拓と再編、効率的訴求のための米国政治史上初のマイクロターゲティング用有権者データベースを構築した。

 人口統計学的属性とライフスタイル、価値観や行動習性、過去の投票や献金歴など数百項目で共通点をもつ層を細分化し、投票可能性が高い順にランクづけし、どの層にどの回路で何をいうか、組織化や動員法まで示す。この新ツールは米国選挙のDXの先駆例となった。

 第2の分岐点は2001年秋の同時多発テロである。これ以後、ブッシュ・プロダクトは曖昧な中道路線から、保守本流「レーガンの伝統」ブランドの継承に転換する。

 判断軸は、レーガンのような「強い米国を作る指導力」の有無。2004年選挙は、それを内政にも広げて、内外の脅威に対する「安全と安心」。

 ネガティブキャンペーンで対立候補の指導力欠如を強調し、中道・郊外・女性の浮動層を大量集票して再選に成功した。

 しかし対外的な「テロとの戦い」における米国の国際世論マーケティングは失敗に終わった。イスラム諸国が「米国を嫌う」理由を知るための市場調査が足りず、真の問題は中東政策にあるのに、米国文化や民主主義の良さを強調する的外れの宣伝に終始して反発を買い、「米国」ブランドの再建は大きく後退した。 【次ページ】【トランプの戦略】単純明快なストーリーと強烈パーソナリティー

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