• 2026/08/04 06:30 掲載

なぜ全銀協は「リバースピッチ」を仕掛けた? 銀行を“協業ハブ”にする3ステップとは(3/3)

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イベント後に動き出した協業の実態とは?

 リバースピッチの真価は、当日ではなく、その後の動きに現れる。イベント終了後、登壇した銀行とスタートアップの間で名刺交換が行われ、個別の面談へと発展した案件が複数生まれた。

  NDA(秘密保持契約)の関係から詳細の公開は控えられているが、少なくとも1件については、銀行とスタートアップのマッチングからPoC(概念実証:技術や仕組みが実際に機能するかを小規模で検証するプロセス)が進行中だという情報が確認されている。協業の検討が現在進行形で続いているケースも複数あるとされる。

 また、会員銀行の意識変化という点でも、目に見えるシグナルがあった。今回のリバースピッチへの登壇を最終的に見送った銀行も、実際にイベント会場に足を運んで様子を観察していた。パネルセッションで先行事例を持つ銀行の取り組みが紹介されると、「同業他社があのような取り組みをしているのか」という危機感が刺激され、「持ち帰って組織として取り組めるよう社内で検討していきたい」という声が聞かれたという。

 当日、イベントに参加していた緑川氏も、会員銀行の熱量を肌で感じていた。

「最初は様子見だった会員銀行側も、他行の熱量を前にして目の色が変わっていくのがわかりました。全銀協というフラットな場での開催だったことも相まって、会員銀行の良い刺激になったと思います」(緑川氏)

 ただし、異なる組織が協業を進めるに当たっては、意思決定のあり方や事業を進める時間軸に違いがみられることも少なくない。今回の取り組みでは、そうした組織間の違いも改めて認識されたという。

 また、開催時期についても課題が指摘された。今回は準備期間の都合もあり3月(年度末)の開催となったが、開催時期については今後検討の余地があるとの声もあった。今後の施策設計では、こうした点も踏まえた対応が求められる。

銀行のカルチャーチェンジはどこまで進んでいるか

 今回の取り組みを通じて見えてきたのは、銀行のカルチャーチェンジが進んでいる領域と、まだ本質的な壁が残っている領域との両方だ。 前者の象徴が、冒頭に述べたイベントの雰囲気の変化だ。

 全銀協が主催する場に、音楽と照明演出を施したカジュアルなスタートアップ型のイベント空間が生まれたこと自体、1つの象徴的な変化といえる。これは単なる演出の問題ではなく、スタートアップとの接点を持つためには、まず「自分たちの文化」をある程度開いていく必要があるという認識の表れだ。

 一方で、後者の壁として残り続けるのが、意思決定の機動性と、リスクのとらえ方の違いだ。 従来の銀行業務では、担保や保証を取得して融資するという「守りの思考」が中心だった。しかしスタートアップとの協業、特にベンチャークライアントモデルを通じた連携では、「事業の将来性を見極めながら新たな取り組みに挑戦していく」という「攻めの思考」が求められる。

 この思考の転換は、個人の意識レベルにとどまらず、リスク評価や組織の意思決定のあり方にも及ぶ根深いテーマだ。 吉村氏は、企業価値担保権(2026年5月25日施行の新たな担保制度で、企業の将来の収益力や無形資産も担保評価の対象とするもの)など制度面の変化にも触れながら、次のように語る。

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企業価値担保権の活用による事業性融資の推進
(出典:金融庁「事業性融資の推進等に関する法律 説明資料」)

「企業価値担保権においては、事業の将来性を見極める目利き力が求められると思います。そのためには、お客さまとの対話や連携をより密にしていくことが重要になりますし、そうした関係を通じて業況の変化を早期に把握し、必要な支援や経営改善につなげていくこともできると思います。そういう意味では、銀行界にとっても1つの転換点になってくるのではないでしょうか」(吉村氏)

 吉村氏が強調するのは、事業の将来性を見極める力を高めるとともに、顧客との対話を深めながら業況の変化を早期に把握することの重要性だ。企業価値担保権の導入を契機に、銀行と顧客との関係のあり方にも変化が求められつつある。

 メガバンクと地域金融機関の間では、意識に違いがみられるとの指摘もある。都市部のメガバンクではCBDO(最高ビジネス開発責任者)の設置やイノベーション専門組織の再編を通じてスタートアップ協業を加速させる動きがみられる一方で、地域金融機関では従来からの組織文化や業務慣行との調和を図りながら取り組みを進めているケースも多い。

「メガバンクと、地域金融機関とではまだ違いがある感じはしています。トラディショナルな文化・カルチャーが残っています。それがすべて悪だということではなくて、銀行らしさでもあります。外部のスタートアップとの協業などを通じて、徐々に変わっていくモメンタムは、それはそれで存在していると思います」(緑川氏)

 銀行が銀行としての信頼性・堅牢性を維持しながら、部分的にスタートアップとの協業文化を取り入れていくというアプローチは、日本のフィンテックのひとつの「型」ともいえる。一足飛びの「銀行変革」ではなく、段階的な「銀行の進化」といえるだろう。

業界団体が担う新しい役割

 今回の一連の取り組みは、全銀協という業界団体が新たな役割を示した事例ともいえる。

各銀行はそれぞれ異なる経営課題や戦略のもとでスタートアップとの連携を進めている。そのため、こうした取り組みについて業界横断で意見交換する機会は必ずしも多くない。

 一方で、業界団体という共通の場があることで、各行の取組事例や課題認識に触れる機会は生まれる。リバースピッチでは、パネルセッションを通じて各行の取り組みが紹介され、参加者同士の活発な情報交換も見られたという。

 吉村氏は、政府の成長戦略も踏まえながら、今後も金融・非金融の両面でスタートアップ支援に取り組んでいく考えを示した。 同時に、スタートアップ側の意識変革も必要だという指摘もある。スタートアップからすると、銀行といえば「融資」を想起しがちだが、強力な事業開発パートナーとしての銀行という選択肢が十分に認知されていない。

 銀行が広範な顧客ネットワークを持ち、地域の課題を熟知している存在だとすれば、スタートアップにとっても銀行は単なる資金提供者以上の価値を持つパートナーになり得る。

「これまで確実性を重視してきた銀行界が、スタートアップとの協業やオープンイノベーションという新しい領域に踏み込んだ」(吉村氏)

 このように表現されたこの取り組みの重みは、数字だけでは測れない。銀行界とスタートアップとの新たな接点を生み出し、今後の連携の可能性を広げたことにこそ、その価値がある。

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