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- 2026/10/01 06:30 掲載
大手地銀は絶好調だが…「第二地銀」が苦しいワケ、34行に残された道は“3つ”だけ?
連載:「地銀」ビジネス最前線(第12回)
株式会社マリブジャパン代表取締役。日本金融学会会員。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンクで、主に銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザーとして活躍。その後、独立。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新書)、『人生100 年時代の銀行シニアビジネス事例』(近代セールス社)、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社+α新書)など。
【一覧】第二地銀34行の中身とは?
地方銀行には2種類あるのをご存じだろうか。地方銀行または地域銀行と呼ばれる銀行は、現在95行存在し、(第一)地方銀行61行と第二地方銀行34行に分かれている。(第一)地方銀行は、全国地方銀行協会の会員である銀行のことを指し、横浜銀行(神奈川)、千葉銀行(千葉)、静岡銀行(静岡)、福岡銀行(福岡)など、いわゆる大手地銀や県内トップ地銀の多くが属する。
一方、第二地方銀行(第二地銀)は、第二地方銀行協会の会員である銀行のことを指し、北洋銀行(北海道)、京葉銀行(千葉)、栃木銀行(栃木)などが属する(下図)。
どちらも同じ普通銀行であり、取り扱う業務上の違いはない。では、なぜ、2つの協会が存在し、名称も分かれているのだろうか。
地銀全95行のうち「第一地銀」「第二地銀」は何が違う?
その原因は、第二地銀の歴史とも密接に関わっている。「地銀勝ち組」の横浜銀行や千葉銀行といった全国地方銀行協会に属する第一地銀61行が最初から株式会社の銀行として設立され営業してきたのに対して、第二地銀の源流は、無尽(むじん)にある。無尽は、互いの掛け金で金銭を融通することを目的とした相互扶助的な金融組織であり、庶民金融として発展してきたものの、戦後は、無尽を賭博的だとするGHQの指導もあり、1951年に相互銀行法が成立し、無尽会社の多くは相互銀行へと転換。その後1989年の「金融機関の合併及び転換に関する法律」により、ほぼすべてが普通銀行に転換し(普銀転換)、現在の第二地銀に至っている。
このように第二地銀は、庶民金融である無尽が母体となって発展してきたため、メガバンクは無論、第一地銀と比べても、規模が小さく大企業や地元の有力企業との取引も少ない。
一方で地元の中小・零細企業との取引は、信用金庫が押さえてきた。実際、預金や資産の規模において、第二地銀よりも大きく、地元でのプレゼンスも高い信金がある地域は多い。
約30年でどれだけ減った?第二地銀が減少する理由
概して優良な貸出先を持たず、資産規模も小さい第二地銀は、外部環境の悪化をより受けやすいな中、常に新しい取引先を開拓せざるを得ず、結果的にリスクの高い事業や取引先に貸出を行い、不良債権化し業績が悪化し経営破綻するケースを繰り返してきた。
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