- 2025/05/01 掲載
「ただのコメ輸入拡大」ではない意外な方法、はったりトランプを納得させるには?
連載:米国の動向から読み解くビジネス羅針盤

トランプ氏の「3つの要求」の裏にある「2つの思惑」
財務省が4月17日に発表した2024年度の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた日本の貿易収支はマイナス5兆2,217億円と、4年連続の赤字だった。一方、対米国で見ると収支は9兆53億円の黒字(冒頭の図1)で、輸出額は過去最高となった。これを、米国側は大きな問題ととらえている。赤澤 亮正経済再生担当相が訪米して1回目の交渉に臨んだ際、トランプ大統領自らが会談に出席し、貿易赤字の解消を求めたのは、その証左である。このほか、米国製自動車の日本における販売拡大と、在日米軍の駐留経費負担の増額を合わせた3つの柱を具体的に示したとされる。
こうした中で米ブルームバーグは、日本など貿易相手国と交渉するトランプ政権のより大きな狙いとして、自動車や鉄鋼への世界一律25%の関税、および各国への相互関税(日本は24%)の引き下げ・免除と引き換えに、中国製造業の能力を制限する措置を求めることにあると報じた。中国製造業が米国の潜在的な安全保障の脅威であると認識しているからだ。
関税を米国の対中国安全保障と関連付けて、貿易相手国の譲歩を迫る戦術である。具体的には、隣国メキシコなど中国と密接な関係を持つ国に対して対米輸出に関税を課す「2次的関税」の発動が検討されているほか、中国からの過剰な輸入品を受け入れないよう貿易相手国に求める方針だ。
在日米軍の駐留経費負担の増額要求も、米国が対中包囲網を構築する文脈で出されたものである。日米貿易交渉は、自動車やコメ・牛肉・魚介類など個別品目がクローズアップされるが、米国が対中戦略に日本を巻き込む思惑があることはしっかり押さえておきたい。
そしてもう1つ狙いがある。それは米国民にアピールできる成果だ。米国民への第1次トランプ政権と2019年に締結した日米貿易協定の交渉で事務方トップを務めた関西学院大学の渋谷 和久教授によれば、トランプ大統領はあまり細かいことを気にせず、米製造業の復活や対日貿易赤字の解消を米国民にアピールしたいようだ。
つまり、第1に対中国安全保障の枠組みで貿易を捉え、第2に米国の生産者への利益を増大させる体裁を確保し、第3に日米メーカーによる米国内生産の拡大を、トランプ大統領が米国民に対して自身の手柄やレガシーとして発表できれば、必ずしも即時の結果にはこだわらないと思われる。
実際に、トランプ大統領が1月に後押しすると発表した国家的なAI推進プロジェクト、スターゲート計画では、詳細が未定であるにもかかわらず、日本のソフトバンクが中心となって最大5,000億ドル(約71兆円)が出資され、10万人以上の雇用が生み出されるという「宣伝効果」が重視された。
この点で、日本側はトヨタ自動車が8,800万ドル(約125億円)を投じ、南部ウェストバージニア州の工場にハイブリッド車の基幹部品の組み立てを行う新たな生産ラインを導入、2000人を超える従業員の長期的な雇用保障を強化するなど、「手土産」を増やしている。
トランプ氏の「ふっかけ」はバーター狙い?
ここで押さえておきたいのが、米国側は第1次トランプ政権時に「自動車関税で譲歩する代わりに、日本市場で米国産牛肉のアクセス拡大」というバーター条件を出したことだ。今回も同様の「自動車と農産品のバーター」が繰り返される可能性は大きい。事実、トランプ大統領がコメについて「日本は700%の関税をかけている」と独自の数字を使って主張している。その上でトランプ大統領は赤澤氏に、「米国の車は日本で1台も走っていないじゃないか」とまくし立てたと伝えられる。
一方で、コメや自動車に関するトランプ大統領の不正確な理解の多くの部分は、第1次トランプ政権時代に親密な関係を築いた故安倍 晋三元首相が、データの列挙や歴史的背景の説明で丁寧に解きほぐしていたはずだ。たとえば、日本が現時点で米国産のコメにかける実効税率はおよそ200%に過ぎない、と政策研究大学院大学の川崎 研一教授は推計している(図2)。

トランプ大統領の交渉術は、最初に不正確なデータや法外な要求という高いボールを投げて、相手国の反応を見るというものだ。最近の一連の発言は、交渉での優位を構築するための「ふっかけ」「ブラフ」の類であろう。
そのため、我が国は冷静かつ毅然と正確な数字を提示しながら交渉すれば良いと思われる。自動車やコメなど品目別の細かい数字にこだわるのではなく、米国のより大きな戦略に沿った対案や譲歩案を出すことが肝要だろう。では、どのような対案や譲歩案が適切なのだろうか。

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