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- 2020/05/21 掲載
新型コロナで飲食店「苦渋の決断」、キャッシュレスを廃止する深刻すぎる理由
加谷珪一(かや・けいいち) 経済評論家 1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。 野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『新富裕層の研究-日本経済を変える新たな仕組み』(祥伝社新書)、『教養として身につけておきたい 戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。
なぜ、キャッシュレス決済をやめる事業者が増えているのか
政府のコロナ対策がスムーズに進まないことから、各種の支援金を受け取りたくても受け取れない事業者が数多く存在している。こうした事業者に対するつなぎ融資の手段としてフィンテック(ITと金融の融合)を活用したサービスが注目を集めており、本コラムでもオンライン融資や請求書の買い取り(ファクタリング)を手がける事業者について取り上げたことがある。新型コロナ危機によってフィンテックの重要性が高まったといえるが、一方で、別の動きも出てきている。外出の自粛要請によって売上高が激減した飲食店などを中心に、キャッシュレス決済をやめ、現金取引に逆戻りするところが増えているのだ。
現金取引に戻した理由は、入金までのタイムラグである。クレジットカード決済の場合、事業者との契約にもよるが、販売した月の末日締めで、支払いは翌々月末というケースも珍しくない。業種によっては翌月入金というところもあるが、カード決済の場合、相応の時間がかかるのが現実である。
近年、普及が進んでいるスマホ決済サービスの場合、もっとも短いケースでは翌日払いに対応しているサービスもあるが、顧客がどの決済手段を用いるのか分からないので、事業者としては入金の日時と金額を事前に確定できない。
また、資金繰りに窮している事業者の場合、日々の家賃や仕入れの支払いに追われているので、数日の入金ズレが致命的な事態を引き起こす可能性もある。現金決済に戻すところが出てきても不思議ではない。
存続のために現金確保か、感染防止のためにキャッシュレス維持か
だが、感染が拡大している中で現金決済に切り換えることには、別のリスクを抱える可能性もある。1つは新型コロナの感染の拡大であり、もう1つはキャッシュレス決済の利用を望む顧客を逃してしまうという機会損失である。紙幣は身の回りにあるものの中でもっとも汚い部類に入るといわれており、一部ではトイレの便器なみに汚染されているとの指摘もある。当然のことだが、紙幣は不特定多数の人が触れるので、感染拡大の温床となりやすい。今回のコロナ危機に際して専門家の多くが、紙幣はできるだけ使わない方が良いと指摘しているほどだ。
いくら、小売店で「密」を防ぐ措置を行っても、大量の紙幣をやり取りしている状況では、その効果が半減するのは目に見えている。利用者の中にも、できるだけ紙幣を使いたくないという人が増えており、こうした人はキャッシュレス決済できる店舗での買い物を望むので、事業者が対応できる決済手段を現金オンリーにしてしまうと機会損失を引き起こす。
この問題は基本的に事業者に対する入金サイクルを短縮することで対応が可能である。日本ではクレジットカードの普及が遅れたこともあり、欧米のような競争環境が構築されなかった。このため、カード会社に有利な商習慣が続き、事業者に対する入金サイクルがなかなか改善されなかったという事情がある。
今回のコロナ危機をきっかけに、すべての決済事業者が即時入金に対応すれば、一連の問題は回避できるので、決済事業者各社には英断が求められている。
【次ページ】現金とキャッシュレスを比較、コストがかかるのはどっち
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