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  • 2023/06/09 掲載

トヨタに見る圧倒的「日本の強さ」、早大・藤本氏が語る“ものすごい製造現場”とは

Seizo Trend創刊記念インタビュー

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日本の製造業はこれまで、米国や中国などとは異なる伝統的な強みを持って世界と互角に渡り合ってきた。早稲田大学大学院経営管理研究科ビジネス・ファイナンス研究センター研究院教授の藤本 隆宏氏も「トヨタをはじめ、日本の製造業には他国にはない強みを持つ」と強調する。しかし昨今はインフレが進むなど難しい事業環境の中で、企業は生産性を上げなければ生き残ることが難しくなっている。今後も製造企業が勝ち抜いていくにはどうすれば良いのか。本稿では、藤本氏に日本の製造業における勝ち筋について聞いた。

聞き手:中澤智弥、執筆:井上猛雄、写真:鈴木智哉

聞き手:中澤智弥、執筆:井上猛雄、写真:鈴木智哉

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早稲田大学大学院 経営管理研究科 ビジネス・ファイナンス研究センター 研究院教授 藤本 隆宏(ふじもと たかひろ)氏
1979年東京大学経済学部卒。三菱総合研究所、ハーバード大学博士課程を経て、1990年~2021年に東京大学経済学部助教授、教授、ものづくり経営研究センター長を歴任。専門は技術・生産管理、進化経済学。日経図書文化賞、組織学会高宮賞、新郷賞、日本学士院賞・恩賜賞、日本建築学会著作賞など受賞歴多数。主な著書に『製品開発力』『生産システムの進化論』『生産マネジメント入門』『日本のもの造り哲学』『能力構築競争』『現場から見上げる企業戦略論』。

組織能力はグーグル型? GM型? トヨタ型?

 製造業の競争環境が大きく変わりつつある中で、日本のものづくり企業は、どのような事業戦略を考えていくべきでしょうか。まず、自社が構築した組織能力をきちんと評価して、どんな事業や製品ならその組織能力が発揮されて勝ちやすいか、どこで負けやすいかを事前によく考える必要があります。ここで重要なのは、自社のものづくり組織能力(ケイパビリティ)と、参入事業の製品設計思想(アーキテクチャ)の間のフィット(適合度)です。

 たとえば、ものづくりのHRM(人的資源管理)システムと、それが生み出す組織能力は、創造力の高い高度人材を即戦力としてスカウトする高度分業型(たとえばグーグルなどシリコンバレーの有力企業)か。あるいは、普通の人材を狭い職務の単能工として雇う通常分業型(たとえばGMなど米国の伝統的なマスプロダクション企業)か。あるいは、チームワークで流れを作る多能工を、時間をかけて育てる統合型(たとえばトヨタなど日本の有力ものづくり企業)か。

 各社のHRMシステムや組織能力は自国の労働市場の特性など、歴史的な事情に左右されますが、いったんでき上がった自社の組織能力がどのようなタイプであるかによって、勝てる製品や事業、つまりその組織能力と相性の良いアーキテクチャを持つ製品が違ってくるのです。

 こうした、組織能力と製品アーキテクチャのマッチングを考える上で、重要なのが「設計の比較優位」という考え方です。一般に比較優位とは、他国の工場に対して生産性などでより大きな優位性を持つ製品を輸出し、逆に優位性の小さい製品を輸入して国際分業を行えば、双方の国が利益を得るという、200年前のリカード貿易理論に始まる考え方です。

 そして、この考え方を生産現場から設計現場にまで広げ、国内の設計現場・生産現場が得意とする組織能力に適合したタイプの製品を国内で開発し輸出すれば成功しやすい、と考えるのが「設計の比較優位論」です。

 ここでのキー概念は、製品・工程の設計思想、すなわち「アーキテクチャ」です。設計とは人工物の機能と構造の関係をあらかじめ決めることですが、その機能設計(仕様)と構造設計(部品図)の対応関係、あるいは部品間インターフェースの標準度・特殊度によって、アーキテクチャが違ってきます。

 機能・構造間の設計調整が多い複雑な設計思想はインテグラル型(擦り合わせ型)アーキテクチャ、機能・構造関係が単純で設計調整節約的なのがモジュラー型(組み合わせ型)。また、部品をつなぐインターフェースが業界標準ならオープン型、企業内で閉じていればクローズド型のアーキテクチャです。

米国の強み

 たとえば、世の中には標準インターフェースを介して、標準部品を組み合わせるだけで高機能の製品が完成するオープン・モジュラー型アーキテクチャがあります。たとえば、PC等のデジタル製品、ソフトウェア製品、インターネットサービスなど、論理や電子で動き、重さがなく、よって物理法則に支配されない製品やサービスは、オープン・モジュラー型アーキテクチャになりやすいのです。

 そしてそうした製品、たとえばインターネット機器やパッケージ・ソフトウェアの場合、移民の国であるがゆえに分業の国である米国、とりわけ多くの高度人材が集散離合するシリコンバレー型の企業や地域が圧倒的に強い傾向があります。

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米国では、多くの高度人材が集散離合するシリコンバレー型の企業や地域が圧倒的に強い傾向にある

 このような「設計の比較優位」のロジックにより、現在、オープン・モジュラー型の製品が得意な国は、たとえばシリコンバレーを擁する米国です。いわゆるGAFAが君臨するのも、このオープンアーキテクチャの世界で、そうしたメガプラットフォーマーは、標準インターフェースを巧みにコントロールすることで、累積的なネットワーク効果、そして巨大な補完財エコシステムを生み出し、短期間で大きな成長と利益を得たのです。

 こうした企業、たとえばグーグルの組織能力は、高度分業型の人的資源管理に基づきます。世界中から即戦力の高度人材を集め、集散離合型のプロジェクトチームを急速に立ち上げる。言ってみればMLB(米プロ野球)の「ヤンキース型」の人事政策です。これを効果的にできるのは、やはり世界中から高度人材が集まってくる移民の国米国です。

 グーグルやネットフリックスなどの人的資源管理(HRM)はこのように、優秀な人材をスカウトし、スピーディーにプロジェクトを立ち上げて一気に目標を達成し、終わったら解散。こういう離合集散を、企業を越えるスケールで、たとえばシリコンバレーというオープンな空間で繰り返す、ダイナミズムが渦巻く世界です。

 そして、こうした高度分業型の組織能力が最もよく生きるのが、調整節約型のオープン・モジュラー型アーキテクチャのデジタル機器、ソフトウェア製品、インターネットサービスなどだったのです。

 だから1980年代にはクローズドなアナログ系製品(自動車やテレビ)の競争力不足でヘロヘロだった米国が、1990年代にはデジタル化の波に乗って一気に息を吹き返したのです。これらは「設計の比較優位論」で大枠を説明できます。

 そもそも米国に分業型の組織能力が集積している理由の1つは、20世紀前半の米国の高度成長期に、不足する労働力を大量の移民流入で補完したという歴史的事情によるものと考えられます。

 移民の国の流動的な労働市場では流入する労働力を即戦力で使う必要があり、当時のフォードやGMは、狭い範囲の職務給(Job型)に応じる、単能工による通常分業型の組織能力を形成しました。いわゆる大量生産システムですが、これは、大型乗用車やトラックはともかく、物理的制約条件の厳しい高機能小型自動車のようなクローズド・インテグラル型(調整集約型)アーキテクチャの製品には適しません。

 結局、後述のトヨタ型の「多能工のチームワーク」による統合型組織能力に競争力で及ばず、GMは2009年に経営破綻します。組織能力と製品アーキテクチャが合わなかったのです。組織能力とアーキテクチャが一致したシリコンバレー型企業とは対照的な結果でした。

米国と中国の共通点

 米国の高度成長期から約100年経った、21世紀初頭に高度成長したのが中国です。実は中国もまた、農村部からの大量の労働力流入で沿海部工業地帯の高度成長を支えたという意味で、「流動的な労働市場に対応する分業型組織能力」を特徴とします。内陸部の農村地帯から、数千万人単位の労働力(農民工)が、沿海部工業地帯の都市で3年間くらい働いて帰って行く、という労働力の無制限供給が長く続きました。

 このように猛烈に人が動く国では、人材を即戦力で使う分業型の組織能力が発達しやすい。この点では、20世紀の米国産業と、21世紀の中国産業は、ともに分業型で、意外に似ていたのです。だから、どちらもモジュラー型(調整節約型)アーキテクチャの製品に「設計の比較優位」を持ちます。

 かつては、大量生産型のローテク・モジュラー型の生産は中国、高度分業型のハイテク・モジュラー製品の開発は米国シリコンバレー(たとえばアップルの開発とホンハイの生産)というように、米中の産業はかなり補完的でした。

 しかし、中国も米国もハイテク・モジュラー製品の開発を目指すようになると、この2国は完全にライバルになります。近年の米中摩擦は、この意味で、アーキテクチャ摩擦という色彩も強いのです。

 このように労働力が短期雇用で流動的な場合、付加価値の流れに沿って「多能工やチームワーク」をこなす人材を育成する暇はありません。「あなたはこれ、私はこれを担当して、このインターフェースでマニュアルどおりにやる」という具合に、職務が狭い範囲で固定された職場で働く分業型組織になります。 【次ページ】日本の強みと得意製品

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